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ONEの神とは何か

2010.9.29 リーディング No.11958

質問:ONEの神とは、どのようなお方で、どんな特徴とお役目があられる存在なのでしょうか。

ソース:ONEの神とは、One God、一なる神、唯一神、あらゆる存在と働きの第一原因です。宇宙創造神、創造主、根源神です。根本神、親神、さまざまな形や名前を取って顕れ出ている具体的な神々や仏たちなどの元にある、唯一絶対者です。個別性のある具体的で相対的な顕れ出た形ある神々の前段階にある、中立で公平な絶対者、唯一者、根源です。物理的宇宙も霊的宇宙も創造された一者です。

物理的形になっている生き物や存在、霊的世界にある存在や生き物、その双方の創造主であり、命の根源、すべての命あるものの本質における親です。神の中の神、仏の中の仏です。仏教の中では法身仏、大日如来に近いですが、大日如来よりさらに根源的な、具体的な形や名前や個性を超絶した、元のあり方です。元神です。

この世の宗教で祀られ、拝まれている、個別的具体的相対的な、高位の存在の前段階にある、全ての源、本源です。もはや宗教を超えていますが、宗教以前の宗教、究極の宗教です。宗教のゴールです。それを宗教と呼ぼうと何と呼ぼうと、究極的絶対的な完成した理想のあり方です。そのような絶対者、名前も形も超えた一者は、全体神です。すべてのための神です。部分の神ではありません。みんなのための神です。依怙贔屓(えこひいき)はありません。除外される者もいません。

例えば、70億人近く、今、地球上に人間が生きていますが、ONE神はユダヤ人だけの神ではなく、イスラム教徒だけの神でもなく、キリスト教徒たちだけの神でもありません。日本民族だけの神でもありません。インド人だけの神でも、ネイティブ・アメリカンだけの神でもありません。まして、どこか特定の具体的個別的な宗教団体や宗教組織だけの、信者を守り、それ以外の人は守らない神ではありません。みんなのための神、全体神です。70億人全てを漏れなく我が子として、責任を持って、また愛を持って見守り、育て導く本源です。すべての命の親です。

したがって、ONEの宗教においては、ONEの宗教の信者数は、地球に限ってみるならば、現時点で70億人ほどの信者数がいます。本人が認めようが認めまいが、そのようになっている宗教のあり方です。もはや漏れる者も、除外される者も、特別扱いされる者もありません。一人ひとりが、思ったり行ったりしたとおりの結果を受ける、ということです。ONEの宗教は全宇宙を舞台とした、宇宙宗教なのです。
ちょうど太陽が、すべての人に光と熱を注ぐように、地球上の誰に対しても依怙贔屓せず、同じようにかわいい神の子の1人ひとりとして、排除せず、やっつけず、特に贔屓にもせず、同じように子どもの1人ひとりとして取り扱われ、守り育てられ、愛の恩寵が満遍なく及んでいます。

普通に言う、信仰しているか信仰していないか、信者であるか信者でないか、無信仰者か熱心な信仰者か、何人(じん)か、そのようなことに関わりなく、1人ひとりがONEの神の許(もと)で愛され、その恩恵を受けています。特定の囲いはないので、内側とか外側とか、正統派だとか異端だとか、ましてうちの教団を離れれば、恩恵が及ばなくなって地獄に堕(お)ち、救いから漏れるとか、そのような捉え方や言い方や行動はありません。例えば、一つの教団や組織を離れても、神のうちです。依然として信者であり、同胞の一人です。

ONEの神は、命の本源、魂の古里です。浄土宗や浄土真宗、あるいは時宗などでは、極楽浄土として知られていますが、その元にある根源的な天の世界です。この世の宗教の正統か異端か、優れているか劣っているか、そこに所属しているか所属していないかなどでは、人を見ません。

地球上の人間に限定されません。今、70億人近く生きていますが、それらの1人も漏れなくONEの神の子であり、ONEの宗教の信者、会員です。無信仰の人でも問題のある人でも。ちょうどある子どもが、親を認めないと言っても、親は子どもを認め続け、否定しても依然としてその親の子の1人であるのと似ています。

地球上の70億人近い人間に限定されません。ONEの神の許では、霊界の御霊たちもすべて含まれています。天界の存在も、普通の霊界の存在も、地獄の存在もです。さらに動物植物、その他の自然も、ONEの神の子です。人間に限定されません。タヌキもイノシシもゾウも、タンポポもひまわりも、石ころも、すべて同胞であり、ONEの神の子です。ONEの許では、アラブ人かユダヤ人か、イスラム教徒か、あるいはユダヤ教徒かキリスト教徒かは、特に問題はありません。すべてを包括している全体神だからです。全体のための大きな神です。部分の神、相対的な神ではなく、絶対神です。

地球上の生き物に限られません。太陽系、さらには銀河系、そして宇宙。すべての生き物や存在や働きの根源、第一原因です。すべてを生み出し、すべてを維持し、育て導かれ、愛を持ってすべてに恩恵を及ぼして、維持しながら浄化し、成長させ、引き上げようとされておられる、根源の存在と働きです。

物理的宇宙も霊的宇宙も、物理的宇宙のあらゆる存在も、霊的宇宙のあらゆる存在も、創り出し、維持し、育て導き引き上げつつある、すべての元、親です。それがONEの神です。平らであり、中立であり、全てを包括し、そこから漏れ落ちる存在や働きはありません。悪魔さえもその中です。悪魔と対立している相対的部分的存在ではありません。無限定、空です。光と闇というように、闇を包み込めず、闇と対立している光ではありません。相対的な闇と対立する光ではなく、相対的な光と相対的な闇の両方を含む、絶対的な光です。究極的な本当の光です。相対的な善と悪の対立する、相対的な善ではなく、絶対善、完全なる愛です。

ONEの神は創造し、維持し、さらに成長へ向けて破壊し、引き上げる作用を起こされます。霊的な親、本質における親、命の親です。生みっ放しでなく、育て導き引き上げ、一人前にさせ、自分の元へと返してくださいます。生みの親であると同時に育ての親です。人間の場合は、父親と母親によって物理領域に誕生しますが、根本の神はただ1つであるため、父と母の両方を兼ね備えています。人間の場合は、父親と母親から作られ、親は責任を持って育て上げますが、いずれ子は独立していきます。

唯一神、一なる神においては、1つの存在から創られ、育て導き引き上げられ、独立するのでなく、元の根源へと立ち返ります。そこが違うところです。それでも、それぞれの命ある存在の特性や固有の働きと役目は、最後まで残り、認められ愛され、必要とされています。
全体と調和しながら、それぞれの特性が遺憾なく発揮されることで、全体のためになっていき、それで全体が成り立ち、滞(とどこおり)りなく運行していくというようになります。これが宇宙の完成、ゴールです。

そこへ向けて神によって、その愛で鍛えられ、浄化され、育て導かれることが、カルマの法則を使って、1人ひとりの身辺に起きています。体験学習が、カルマに基づく出来事によって、着々と行われています。地球上の人間に限って言えば、地球学校でのカルマに基づく学びです。神はあらゆる命あるものの親であり、その特性は愛そのものです。完全な愛、全き愛が神です。神のお働きには、愛、智慧、ものを生み出したり変えていく創造力、この3つがあります。愛が根本の働きですが、愛と共に、愛が完全になされるよう、智慧、創造力も備わっています。

このONEの神は全体神根本神であり、相対的で部分的具体的な神々や仏たちや菩薩たちや天使たちの元におられるので、この一なる神を立てるのが、本当の一神教です。一神教の許では、すべての人やその違いを理解し、受容し、浄め、生かし、育て導きます。したがって、宗教戦争やテロは、本当の一神教であるONEの許では、生じようがありません。すべての人を同胞、兄弟姉妹と見なし、自分の所の教団や組織に所属している人だけを愛し、贔屓にし、外部の人に冷たいとか、悪魔と見なすとか、程度が低いとか、救われないとか、そういうようには見ません。そのように見るのは限界があり、相対であり、未だ不完全な、完成に向かう途上の宗教です。自分の囲いを持っている狭い愛、小さい能力の神様に付いているのです。

ONEの神様と直接つながり、交流させていただくのが本当の一神教であり、宗教のゴールです。これまでのユダヤ教も、キリスト教も、イスラム教も、本当の一神教ではないので、自分の囲いを持っており、すべての人を同胞として認め、尊重し、調和してやっていくということができないのです。愛と器の限界です。部分の神なのです。相対的な神なのです。ONEの神は、全体神であり、絶対神です。

その上でこの世で働かれる場合は、それぞれの人の置かれた状況や役目、立場から、この世的な組織とか縁というものを通して動くので、それらも尊重されねばならない、必要なものです。すべてを包括するということはないかもしれません。それでも、その囲いを絶対化せず、直接縁のない人や所に対しても、否定的に捉えず、心で同胞と見なし、内外(うちそと)関わりなく、すべての人を愛し、配慮する、そのような捉え方や認識や対応になるとよいのです。また、そのようにして心がけることで、根源の一なる神に、つながらせて頂けるようになり、自分も最後まで向かって進み、大きく成長を遂げ、命の本源そのものへと至り得るのです。

以上のことを心がけるのが、与えられた現実の縁に即してONEを学ぶということで、ARIではそれを心がけて、1人ひとりが現状を踏まえて取り組んでいく場です。あらゆる存在、すべての人を認め、敬い、心から愛すれば、ONEの神とつながります。逆に、ONEになれば、自ずとあらゆる存在、すべての人を認め、尊び、愛し、生かせるようになるのです。

イエス・キリストやゴータマ・ブッダは、このようなONEにまで至りました。ブッダはそれを涅槃(ねはん)、ニルヴァーナと表現しました。ただ、イエス・キリストやゴータマ・ブッダ自身は、究極のONEの境地に到達したのですが、その後継者や周りの人たちは、器がそこまではなく、ONEの境地には至っていなかったので、それ以降のキリスト教や仏教は、ONEそのものではなくなってきているのです。

それでも、1人ひとりがこのようなことを理解し、現状を受け止め、現状から出発すること。現状に甘んぜずに、現状を踏まえて少しずつでも、究極のゴール、完成へと向かって歩み続け、互いに理解し、配慮し合い助け合って、大きな愛の許で、進んでいくことが大切です。

ONEの神は、すべての命と働きを生み出し、育て導かれます。ちょうど空気や水のような存在です。大宇宙をそのお体とし、住まいとされておられ、特定の所に限定されて住まわれているというお方ではありません。どこにでもおられます。宇宙全体に遍満(へんまん)しておられます。そして平らで公平で、すべてにその愛が注がれています。地獄にも注がれています。地球上のどんな所にも、ONEの神ならおられます。

本人が気づいて受け入れ、ONEの学びの方向で取り組みさえすれば、そのことに気づけて、その恩恵がはっきりしてきます。はっきりする以前から注がれているのですが、多くの人は自分で背を向けているだけです。そのため十分にその光が入ってこないので、恩恵が少なくなってしまっているだけです。

ONEの神様は、1人ひとりの中にも住まわれておいでです。その証拠に歩けます。その証拠に食べたら消化され、エネルギー源や栄養源になります。目を開けたら見えます。聞こうと思えば耳で聞けます。理解しようと思えば理解できます。夜になってくたびれて眠れば、翌朝は疲れが取れて、自然に目が醒め、意識が戻り、起きてまた1日励めます、活動できます。ONEの神様がおられるからです。ONEの神様のおられる証拠です。これぞ最大の奇跡、最高の恩寵です。

このように神様の存在と働きを、特殊な宗教の説明を超えて、もっと普遍的な愛と命の働きとしてすべてのことに見ていくことが、ONEの教えの特徴です。箸を使って食べられる、歩こうと思えば歩ける。それがONEの神がおられる何よりの証拠です。特定の宗教の奇跡とかお蔭とか、信者さんだけに贔屓するとか、そのような狭い特殊な限定されたものではありません。それも含みますが、それを超えてもっと普遍的で、いわゆる宗教的なイメージを遙かに超えた、人間やすべての命ある存在の、生きる源、原動力、支えです。

普通、平凡、当たり前に見られていることが本当はすごいこと、奇跡、ありがたいことです。ONEの神の支えと働きで、人も自然も生きて活動できています。愛からあらゆる命が生まれ、そして愛で育ち、支えられます。神は愛の純粋なエネルギーの塊(かたまり)です。無信仰、無宗教ONE の内、その信者です。ONE神は創造力、生命の根源力、蘇生力です。あらゆる命を育て導く力です。家庭も会社も国も地球も宇宙も、それで成り立っています。

このようなONEの宗教においては、さまざまな具体的で特定の、個別的な宗教や神々を否定しません。むしろそれらのすべての元です。すべての宗教的人間的な働きや神々を生み出し、育て導き、引き上げていく根源力だからです。ONEは生きる原動力、日々、生かしめている力です。これによっても本来の一神教のONEならば、多神教や自然崇拝と対立せず、むしろそれらすべての元であり、すべてを生かし育て導く、ありがたい本源だと、わかることでしょう。その創造神との関わりで、生かされて生きる人生を送りましょう。

リーディングを終了します。

(ありがとうございました)〈了〉

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Reader:ヨハネ・ペヌエル

浅野 信
新時代がすでに始まっています。このコーナーでは、ARIのオリジナル・リーディングのうち、時事の問題や未来予測に関するものを特にピックアップして掲載しました。

目的は、新時代の留意点を述べ、その方向性を示すことです。内容には、いわゆる「予言」も多少含まれています。

「予言」と言いますと、世間一般では、どうしても暗くて恐い、人々を威嚇するような否定的予言が多いのですが、真の予言はそうではありません。

私が世に示したいのは、希望の指針です。“どうなるか”という予測や透視的診断よりも、“どうなると良いのか”、“そのためにはどうすると良いのか”といった対策です。さらには、その際の心構え、知恵、それ以上に思いやり、配慮の大切さなどについてです。

これは難題や厳しい現実に目をつむったり、軽く捉えることではありません。むしろそれらをさえ生かす方向で意欲的に取り組むことへのお勧めです。

今のような難しい大事な時世に、このメッセージ・リーディングをご自身のため、また愛する大切なご家族、友人、さらには社会のために、どうぞご活用ください。