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日中問題から学ぶ

2010.9.29 リーディング No.11991

質問:尖閣諸島沖の中国漁船衝突事件で、日本側が中国人の船長を逮捕し、勾留したことに対し、中国内で反日の動きが強く顕れ、日中交流の断絶が広がっています。この事についてどうぞお話しください。

ソース:毎年、年始めには、その1年間を展望し占う意味で、年頭予言リーディングが行われ、その内容が会報誌『interfaith』4月号に掲載されています。今年も2月初旬、今年を占う年頭予言リーディングが行われました。

その中で、今年は特に中国との関係で気遣い、何としても日本は中国との関係を良いものとして保ち、中国との友好関係を築き上げなければならないことが、くどいくらい繰り返され、強調されました。中国という隣国との関係はいつでも大事な、日本の問題の一つではあるのですが、今年はそれが強調されたのです。

3月中旬の静岡講演会でも、「これから10年の生き方」のテーマの中で、今年は特に中国との関係に気遣い、何としても中国とうまくやっていかねばならないことが、そこでも再度、繰り返し伝えられました。このようなことは、未来を予測するリーディングでも、講演会でも、珍しいことでした。

年頭リーディングの2月初旬においても、3月中旬の静岡講演会の時点でも、まだ日中関係に、何ら問題の兆しはありませんでした。その意味で、年頭リーディングや静岡講演会の、その日中関係の強調ぶりは、不自然で異様な感じがしたことでしょう。大半の人たちはそれを聞いていてもピンと来なかったのではないでしょうか。

それが、半年以上経った9月になって、具体的な1つの事件をきっかけに起きてきました。リーディングにおいても、講演会においても、それが実際に現実に起きる数ヶ月前に、潜在的な次元で、その種を感じ取って、読み取って伝えたのです。

日本の海上保安庁の巡視船に、中国のある漁船が、尖閣諸島沖で故意に衝突したため、その中国の漁船の船長を、日本では逮捕し、勾留しました。なぜなら尖閣諸島は、日本の領土だからです。公務執行妨害という名目で、逮捕し、勾留しました。

それに対し中国側は、「尖閣諸島は、自分たち中国の領土だから、日本のやったことは非合法で、とても納得できない。そのまま日本の法に基づいて、中国人の船長を、日本の法律で扱うのはおかしい」ということで、中国において政府レベルでも、民間レベルでも、日本のそのやり方に対して、異常なほどの抗議が起き始めました。

例えば、自動車などの貴重な部品の一部となっているレアアースは、中国がほとんど、日本を始め世界に輸出していますが、日本に対して禁輸の措置を執りました。また民間の、友好的な交流として、温家宝首相が自ら動いて決めた、上海万博における日本人たちの催しが、出発直前で受け入れ延期にされました。1千人規模の日本青年上海万博訪問団です。

中国側としては、尖閣諸島は自分たちの領土であるから、日本の行いに対して、もし黙認すれば、尖閣諸島が日本の領土だということを、そのまま認めてしまうことになってしまうので、それに対して抗議し、日本の領土ではなく中国の領土だということを誇示しようという、目的があったようです。

地理的には、中国、特に台湾に近い位置に尖閣諸島はあり、明の時代に、中国が尖閣諸島を発見・命名し、管理したり守っていたことが、一部、記録されていることと、中国や台湾に近いことに拠るものでしょう。

また、日本がポツダム宣言の折、太平洋戦争で無条件降伏をしたため、旧満州や台湾を返還したので、台湾と地続きに見える尖閣諸島も、中国側に返還したと見なしたようです。51年のサンフランシスコの平和条約において、アメリカがとりまとめ、72年の沖縄返還で日本に戻ったことに、中国は関与していなかったので、中国はそのことを認めていないということも、言いたかったようです。

しかし日本の側には、これまでの経緯として、日本の領土であることが、中国以上に有力な証拠や経緯としてあります。日本としては、ポツダム宣言の折、旧満州や台湾は返還したけれども、尖閣諸島は沖縄の一部だったので、特に中国に返還したのではないということです。また、清の時代に、中国の領土ではないことが明治政府が現地を調べて確かめられ、日本が沖縄の一部として統治することに、決められていました。

中国は70年代以降、急に自分たちの領土であることを主張するようになりました。実はその少し前の、68年に、尖閣諸島周辺に、石油資源がある可能性が明らかになっていたのです。おそらく中国は、尖閣諸島の周囲にある石油資源に目を止め、元々中国に近く、歴史的にも明の時代に、ある記録の中で、中国が管理していた所だというところで、自分たちの領土だと、主張するようになりました。

加えて、この数年、中国の国力の伸びには目覚ましいものがあります。経済力も日本を追い抜いて、世界第2位にのし上がることが確実です。中国はその国力・経済力を軍事力にも回し、海軍にも力を入れ始めています。東シナ海ばかりでなく、南シナ海においても、日本以外の国々と中国は、領土権で対立し、争い始めているのが現状です。

今中国は自信があり、鼻息が荒く、国力を伸ばし、世界に中国の力を見せつけようとしている覇気が、感じられます。それがたまたま、中国と日本との境目の、微妙な所で、1つの具体的な衝突事故がきっかけとなって、その背景にあった、大きな国と国との争いが現状に相応しい形で顕われ出たということです。

世界の歴史を見てみると、ほんの些細なことが元で、大きなことにまで連鎖し、止められなくなって、国際的な運命を左右する大事件や大戦になることが、しばしばあります。それは小さなことが元ではあっても、潜在的には大きなものを孕んでいるから、小さなことがそのまま済まずに大きくなるのです。また、背後に大きなことを孕んだまま解決していないと、小さな何かがきっかけとして必然的に起きるものなのです。たまたま起きたというべきではありません。

仮に、今回の事件が起きなかったとしても、似たような何かが、この数ヶ月のうちに必ず、日中の間で起きたはずなのです。現実に起きることは、目に見えない背後の世界に原因を持っていて、そのことが時期が来ると顕われ出てきたものなのです。

その目に見えない世界とは、霊界とも言えるし、人間一人ひとりの深層意識とも言えます。また、そのもっと元には、神仏がおられて、人間たちの課題やカルマを使ってさえ、教育し、試し、カルマを果たさせ、導き育てようという手立てとして、神仏が関与して、象徴的な出来事を起こされるのです。それでお互いに、課題が自覚され、カルマも果たされ、神によって鍛えられ、試されながら、カルマを解消しつつ、次のあり方が作られる方向へと、神によって導かれていくのが、現実の動きです。黙示録で示されているとおりです。

個人のレベル、家庭のレベル、グループのレベルばかりでなく、国家規模さらには国際規模においても、このようなカルマの法則や、神の関与が起きるのです。カルマは、自業自得の法則に基づくと言います。その通りですが、自業自得の自は、単に個人という自分だけでなく、家庭という自分、会社という自分、1つの組織体という自分も含まれていて、自業自得の法則が働くのです。

さらに国という自分、人類という自分、地球という自分という、大きな集合体も1つの自分です。そのような大きな自分も含めて、自業自得の法則が働いているのです。自らカルマを作ったら、そのカルマを作った当人がそれを受けて、果たしていかねばならない。その中で、鍛えられ、試され、次のあり方へと育て導かれていく。神が関与されて、個人レベルでも、家庭レベルでも、企業や団体などのレベルでも、この自業自得の法則が働いています。さらに、国や民族、人類や地球レベルでも働いています。

日本と中国との関係を見てみれば、今に始まったことでなく、満州事変が数十年前にありましたし、太平洋戦争まで続きました。それ以前は、日清戦争がありました。中国と日本との関係は、歴史があります。良いことも問題なことも、それぞれありました。善業と悪業です。日本が中国に問題なことをしたこともあれば、中国が日本に問題なことをしたこともありました。日本が中国に良いことをしたこともあれば、中国が日本に良いことをしたこともありました。

カルマは果たされれば終えられますが、果たされていないカルマは、いずれきっかけを得て、顕われ出て解けていき、そのプロセスで課題を自覚させられ、学ばせられ、鍛えられ、次のより良いあり方へと、神がそれぞれを公平に扱われて、導き育てられます。

今回のことにおいても、日本側にも中国側にも非があり、それぞれ気づくべきこと、学ぶべきことがありました。それぞれの弱点や課題や特徴、今後の留意点、そして新しいこれからに相応しい日中関係が、これを機に求められ始めているのです。学びと修正の機会です。

カルマが残っていて、まだ果たされていなければ、どうしたって何かが現実に起きるのです。起きることで解けるし、そして学べるし、改善もできるのですから、起きたことで戸惑いすぎないこと。

神は潰すためや非合理な仕方では、事を起こされません。潰すためでも嫌がらせでもなく、むしろ愛をもって鍛え上げ、育て上げ、一人前にするために事を起こすのが神です。起きることで解け始め、現実に善処することで完全に解けていくのです。起きることで済ませられるし、起きることで導き育てられます。

中国はここのところ、自信過剰気味で、度を超すアンバランスさが目立っていたのです。それが隣国の、元々強い小さな国の日本と、衝突しました。元々日中関係には歴史が長いため、カルマもいろいろあるので、それが1つの小さな衝突事故をきっかけに吹き出てきたのです。しかしそれで解けていき、何が問題で弱点か自覚され、神によって、それぞれの国や民族が戒めを受けたのです。中国にも言い分はあったことでしょう。しかし、行き過ぎて自信過剰気味で、アンバランスではありました。

日本が勾留期限を29日まで延長していたにもかかわらず、中国からの圧力に屈したかのように釈放したことに対して、批判がありました。その批判はもっともですが、しかし、早急に釈放しなければ、取り返しのつかない事態にまで、発展してしまっていたことでしょう。法的には非合理でしたが、中国からの圧力に対して、即座に平和的手段を執って釈放したことは、間違いではありませんでした。もし日本側に非があるとしたら、逮捕、送検をしたことにあったのです。

ただ中国は、日本は圧力を加えれば屈して、思うように動く国だと、いい気になっていたところで釘を刺され、日本はそれほど中国の言いなりにならないことが、明らかになりました。中国政府は日本側に謝罪と賠償を求めましたが、日本はそれに応じませんでした。また、国際関係としても、不利に陥ることを、さすがに中国も気づき始めました。ようやく冷静になってきたのです。

今日は、日本と中国とが友好的な外交を樹立して、38年目の日です。その意味で象徴的です。北京で署名された日中共同声明です。中国もようやく、自分たちの行き過ぎに気づかせられ、日本に対しての強硬な態度が軟化し始めました。中国は長い間、中国の発展は世界の脅威ではなく、平和的な路線を行くことを世界に訴えてきていたのです。

山場は乗り切れたと言えるでしょう。そこで、このメッセージ・リーディングも行えるようになったのです。これが今年の年頭、予言リーディングや静岡講演会で警告として発せられていた、具体的なことです。このことから、日本側も中国側も学び、自分たちの国の特徴や弱点、留意するべき点に気づかせられたことでしょう。これから両国は慎重に調整に入るべきです。

人間は、起きることから最も多くを学べる生き物なのです。起きることは、当事者のカルマを使って、神が為さるからです。地球学校です。起きることは、それぞれの人や集合体の弱点やカルマを顕わし、カルマが顕われ出ることで気づかせられ、正され、育て導かれるというように、神が計らわれるので、起きることから最も多くを学んで、成長できるのです。

今回のことだけで、日本と中国との、国と民族のカルマの全部が解けて、後は全くうまくいくというほどの収穫があったのではありません。それでもまずは一段落し、次のステージへと、これを踏まえて肝に銘じながら、日本と中国は歩んでいけそうです。

これからも油断することなく、日本と中国は、いい意味で相互に依存関係になっているのですから、そして中国もかねがね、自分たちは世界にとっての脅威でなく、平和的に発展していくことを言っているのです。そのことを中国も思い出すときです。このまま中国が勢いづいて、あらぬ方向で発展していったら、もっとあちこちで、紛争や問題を引き起こしていたことでしょう。

今回のことを機に、日中関係ばかりでなく、中国がアジアやアフリカにとって、より良い国として発展していくことが、望まれます。

アジアにおいて日本と中国の2大国の関係は、要です。このアジアの2大国が、小さな船の衝突事故を機に、大きな教訓を、犠牲を多少伴うことで学ばせられました。日中の関係がきちんとしてくれば、アジアはこれから、1つの連合体として形成される見通しが立ちます。

折しも、北朝鮮では世襲3代ということで、問題を抱えたまま、これまでの延長、あるいはそれ以上に、それが助長しかねない方向で進んでいくことが、見えてきました。このような北朝鮮の問題に対し、日本が中国と友好関係で関わっていれば、北朝鮮に対しても、いずれ気づかせ、北朝鮮も含んだアジア連合体ができてくることも、夢ではありません。韓国や台湾も含め、さらには東南アジア諸国、インドなど、多くの国々と日本は、アジアの友好関係を形成していくことを、これから目指すべきです。

中国とのことで、日本は自分たちの弱点や課題に気づかせられました。民主党政権の甘さや政治家同士の意思疎通の欠如も明らかになりました。今回のことで、すべてが解決したのではなかったにしても、課題を課題として、正直に認め、受け止めながら、時間をかけて誠意を持って、日本もアジアの1国として、取り組んでいくことが必要です。

アメリカ合衆国との関係も大切にしつつ、アジアの1国として自覚し、近隣諸国との関係に、日本はこれから考慮していくことでしょう。それによって日本の平和の思想や科学技術力、非核、つまり核を保有していない国として、アジアで光として、輝いていくことでしょう。その時は中国も認め、応援してくれることでしょう。その基盤作りの前の試みと是正のため、起きたことでした。

リーディングを終了します。

(ありがとうございました) 〈了〉

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Reader:ヨハネ・ペヌエル

浅野 信
新時代がすでに始まっています。このコーナーでは、ARIのオリジナル・リーディングのうち、時事の問題や未来予測に関するものを特にピックアップして掲載しました。

目的は、新時代の留意点を述べ、その方向性を示すことです。内容には、いわゆる「予言」も多少含まれています。

「予言」と言いますと、世間一般では、どうしても暗くて恐い、人々を威嚇するような否定的予言が多いのですが、真の予言はそうではありません。

私が世に示したいのは、希望の指針です。“どうなるか”という予測や透視的診断よりも、“どうなると良いのか”、“そのためにはどうすると良いのか”といった対策です。さらには、その際の心構え、知恵、それ以上に思いやり、配慮の大切さなどについてです。

これは難題や厳しい現実に目をつむったり、軽く捉えることではありません。むしろそれらをさえ生かす方向で意欲的に取り組むことへのお勧めです。

今のような難しい大事な時世に、このメッセージ・リーディングをご自身のため、また愛する大切なご家族、友人、さらには社会のために、どうぞご活用ください。