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2011生き方の心得

2010.11.2 リーディング No.12037

質問:2011年を迎え、どのように生きたらよいのか、どうぞ私たちに1年間の良き指針をお与えください。

ソース:愛と命の本源は、昔から神あるいは仏と呼ばれ、敬われ、親しまれてきています。大いなる存在、絶対者、創造主、主なる神などとも呼ばれます。一般には、このような偉大なる存在であられる神仏は、特定の所にお祀りされています。いわゆる神社仏閣や教会などです。
最近では、パワースポットなども認識され、広く求められるようになりました。

地球上の至る所に、各宗教宗派の聖なる場所が、物理的に設けられています。そして、人がそれぞれ思い思いに、惹かれる所やご縁のある所に訪ね、お参りをしています。巡拝や巡礼、お参りなどです。例えば、真言宗では、四国八十八カ所巡りは有名で、真言宗の信者さんばかりでなく、多くの、信心深い人や悩みを抱えている人、真理を尋ね求めている人や、癒しを求めている人が、八十八カ所巡りをしています。西国の観音霊場巡拝もあります。

現代は、著しく物と情報に傾いている時代状況なので、人々の元気がなく、弱ってきています。その分、バランスを取り直すかのように、スピリチュアルな体験が求められ出しています。

このような、お金や物、科学技術、情報などに傾いている時代状況であるからこそ、その対極をなす、スピリチュアルなものが求められ、パワースポット巡りが多くの人たちによって求められ出しているのです。普段の生活や現実の社会を超えた所に、聖なる存在や働きがあるということに、人々はここに来てようやく気づき始め、それを一般社会が認めない分、渇望するようになりました。

それは本来、人間の中にも、人間の周りの環境にも、実際に存在するからです。存在するにもかかわらず、現代の風潮は、それらを否定し、オカルトという呼び名で一括りにして軽蔑し、閉め出してしまっているので、人間は居たたまれず、本能的に、それらを求め出しているのです。

今、多くの人たちが病んでいますが、病院に行くだけでは治り切れず、もっと奥の心、命、愛、魂、霊などを渇望しているのです。人間には本来、体や心と共に魂や霊もあるから、求めるのです。これまでの宗教が、十分にそれらに対応できていないので、霊性を求める新しい運動が、至る所に自然発生的に、起きています。日常ざらにあるものとは、全く異質で、純粋で清らかで、聖なるものが、人々の求めるものでしょう。

しかし、今のところ、まだスピリチュアルな動きは浅いと言えます。御利益的であったり、個人を守ろうとするもので、表面の感覚で終始し、個人の成長や覚醒や自己活用による社会貢献には至っていません。それがもっとより深い本質にまでいくこと、霊的な世界でも段階が無数にあるので、最終的には極限のONEに至るということが見越されてこそ、真に人は満たされ、すべての問題も解決解消するのです。

そのような段階を考慮して、最後の所まで導き育てていくということが、想定されねばなりません。スペインのアビラのテレサや十字架のヨハネは、それを目指していたのです。それに伴い、浅い感覚が深まり、本質に向かい、より根源的で純粋で普遍的なものが、そこに出てきます。合一体験、絶対者への目覚め、ONEです。

自分個人がよいものにあやかりたい。何か御利益的なところで終始する段階を超え、ある程度癒され満たされたならば、それで終わらずに、もっとその先を求めることが、本当のスピリチュアルをもたらすことになります。自分個人を満たし、守ったり叶えたりする段階から、次第により利他的で社会的な、そして普遍的なものに向かっていくことが、必要なのです。

愛にも段階や範囲が無数にあります。自分以外の人々を愛する。その場合でも、まずは身近な家族や友人、そして近所の人、縁のある人、さらに見知らぬ人や利害が反する人、自分と合わない人にまで、愛と関心が向かい、利他愛に目覚めていく必要があります。自立しながら協調性や社会性を培い、人々や社会との関わりで、愛を実践していく方向に、向かう必要があります。霊的な成長です。

また、人々への愛ばかりでなく、自然万物への愛も大切です。自然の植物や花や動物、虫たち、さらには土や水や空気、地球。また、地球以外の惑星や天体、宇宙。あるいは食べ物を大切にして感謝する。無機物と言われるさまざまな物や道具、家や建物なども、感謝して大切にして、かわいがったり活用する。このように自然万物への愛もあります。

また、霊的世界が背後の世界としてあることを感じ、大切にし敬いながら、霊的な世界にもさまざまな存在とレベルがあることを、知るべきでしょう。神々や菩薩でも、段階や種類が無数にあります。「多神教か一神教か」ではなく、真の一神教は、多神教の根底にあり、多神教を生み出し、支え、生かし、育て導くものです。それが本当の一神教、ONEです。

しかし、このようなところにまだ、宗教ではほとんど気づかれておらず、宗教の対立と争いが未だ続いています。このようなONEの真理をもっと世界に、広く知らしめていかねばなりません。一神教が対立をもたらすものであるとか、他の宗教に無関心であるとか、というのは、本当の一神教ではないのです。一神教なのかもしれませんが、まだ途上の未完成な一神教です。

本当の一神教は、すべての根本にある、すべての根底の支えなのです。それゆえ他と対立しようがなく、すべての源であり、すべてを生み出し、生かし、育て導く、ありがたい存在なのです。すべての存在や働きや、神々、霊的世界の根源に、あるいは根底に、普遍的なONEの命と愛を見出すことが、今後の世界平和のために、また、カルマを解消し、理想の世界をもたらすために、必要になってきます。

愛ということで、隣人愛、自然万物への愛、そして神への愛が必要になってきます。自分自身を本当の意味で愛する、ということが基本です。一般にエゴとか利己愛と呼ばれているのは、本当の自分への愛ではありません。なぜなら、エゴは自分を本当には思っておらず、自分のためにならないことだからです。本当に自分を愛するということが、大切です。そしてそれを踏まえて、隣人愛、自然万物への愛、神への愛が、必要になってきます。

また愛は、相互通行なので、隣人を愛すると共に、隣人から愛される自分になる。愛が一方通行で、押しつけで独りよがりにならず、相互にエネルギーが交流し支え合い、育て合い、生かし合うことです。自然万物とも一方的でなく、愛がお互いに交流し、理解と受容の下、相互に支え合い育て合う、また生かし合う、物と人との織りなす、素晴らしい関わりです。神様との関わりも、まず神に愛されているという神の愛があり、それに気づくことで神に感謝し、神を愛するという思いが湧きます。神の愛と、神への愛です。

『ヨハネによる福音書』では、「神に愛されていることに気づいて、お互いに愛し合いなさい」と、勧められているのです。「一人ひとりが神に創造され、神にこよなく愛されていることに気づいて、人間たちもお互いに愛し合い、和らぎ合いなさい」ということです。
神を愛することに先立って、神に愛されている、神の愛があってすべてが支えられ、生かされ、成立しています。神に愛されていることに気づくことがポイントです。そうすると安心し、感謝が湧いてきて、恩返しの生き方ができます。すべてを安心し、肯定的に見て、受け止めて、対応していけます。

また、今のスピリチュアル・ブームや、伝統的な宗教では、物理的に外に祀られている神社仏閣や教会やパワースポット巡りが主ですが、内なる神ということにも気づく必要があります。外なる神と内なる神です。外に物理的に存在して祀られている神仏と、一人ひとりに内在する神、命、愛です。また、自然万物に宿る神です。例えば森の神、山の神、水の神、火の神、土地の神などです。まだ、スピリチュアル・ブームでも、伝統的な宗教にしても、外なる神が主流で、パワースポットに赴いて、そこのよい気を浴びて恩恵に与るということが、主な動きです。

外なる神は本当におられ、軽んじてはいけないし、巡礼や巡拝もよいのですが、同時に、内なる神に着目すること。自分の中に、素晴らしいものを授かっているということ。また、巡拝に赴くばかりでなく、基本は、一人ひとりが自分の家庭で、神様を認め、家でお祈りを日々することが大切なのです。外に行かないと神様を見つけられない、神様と出会えない。パワースポットに行かないと恩恵に与れない、そうではなくて、一人ひとりが居るべき所に置かれている。そのように神が計らっていることに、気づくべきでしょう。瞑想によって、自分の中で神と出会い、一つになれるのです。

さらには、外とか内とかということを超えて、至る所に根本の神様の愛と命と光が編満し、現実の物理世界に浸透して、すべての根底に流れ、それぞれを生かし成り立たせていることに気づくことです。素晴らしいもの、美しいもの、尊いもの、愛と命の働きがある所には、神様が居られ働かれています。特定の宗教や宗派を超えています。そのことに気づけば、感激したり、感動したり、神聖さを抱かせるものから、どんな人やどんなタイプの人にまでも、素晴らしいと思えるところには、根本の神様が居られ、働かれていることがわかります。

人間は、神様と接触すると感激して、涙が溢れるように創られているのです。人間は神に創られた、神の子だからです。それゆえ、神と触れた接触体験が、涙を出させます。本当の霊体験は、感動や感激にあります。それは宗教を超え、芸術に通じます。また、自然の美しさや命や愛らしさに通じます。さらに、日常のありふれた平凡で地味な中にこそ、神がおられ、支えてくださっています。それこそ、本当の霊体験、奇跡です。

それがわかれば、これまでの宗教宗派の対立や違いを超え、普遍的な本当の命と愛を見出せます。そして、認め合い、共存できます。それがONEということです。霊界と共存する生き方をしましょう。社会や人々と調和する、また共存する生き方をしましょう。自然やさまざまな生き物と共存し、調和する生き方をしましょう。

このように、霊界を考慮して、霊界と調和する生き方をする。人々や社会と共存し、調和する生き方をする。自然万物や生きているものと調和し、共存する生き方をする。この3点を考慮して、生きていきましょう。

他力と自力が1つになった、一力(いちりき)、全力(ぜんりき)で生きましょう。生かされて生きている。自分が十分するべきことをして、他力に委ねる、全託の精神を、大切に生きましょう。超作です。神様と次第に1つになってきます。思いも言葉も行いも、神様と次第に1つになってくる。それが超作で、ONEです。自分の体質と1つになる。する事と1つになる。相手や対象とも1つになる。そうするとカルマが自ずと解消し、神様の働きを顕し始めます。自分の立場や役目や特性に応じた、神様と1つになった働きを周りにもたらせます。それが周りを生かし、成り立たせます。

自分がいることで、また働きを為すことで、周りにプラスの影響が及ぶようにし、マイナスの影響は極力及ばないようにしていきましょう。そのために、自分の癖や欠点や、カルマに気づいて、より良い形で自分が現れ出るように工夫し、調整し、努力しましょう。お互いに生かし合い、育て合い、支え合って、生きていきましょう。学んで理解したことを実践し、役立てていきましょう。自分の心に「こうだ!」と思うところを、現状に即して精一杯行って、周りの役に立って生きていきましょう。ONEを理想として、生きていきましょう。

まず、理想を持って生きるということ。さらに、どんな理想を持って生きるかが、問われるべきです。その場合、究極的には、いろんな理想の中でも、ARIで説かれているようなONEを理想として生きるというのが、最も願われるべきです。まずもって神様がおられ、一人ひとりを愛して、一番いいように働きかけてくださっています。それゆえ、日々起きることが出来事メッセージであり、体験学習です。人生が地球学校と呼ばれる所以(ゆえん)です。

学校なら、教科書もノートもあります。地球学校という人生での教科書は、カルマによって起きる出来事です。地球学校で使われるノートは、ジャーナルです。それゆえ出来事や体験に着目することです。そしてジャーナルをつけて、地球学校での学びに、日々楽しく取り組むことです。本当の修行は、神直々に、人生に起きてくることで行われていきます。状況や縁に着目しましょう。それが教室です。地球学校の学ぶ場です。すべてがベストに、その時点で設えられています。

一人ひとりの生きる場というものがあるのです。一人ひとりがその時点で、最良の所に神の配剤によって置かれ、そこでするべき事を他の人々のためになるよう、一所懸命果たすことで、カルマが果たされ、成長し、周りの役に立ち、自分のほうも成り立たせていただけるように仕組まれています。自分のカルマを自覚し、自分の学ぶべき個別の留意点を認識して、現状に誠意を持って当たりましょう。

根本の神様によって宇宙のすべてが創られました。ONEの神様は、万物の創造主です。一人ひとりが同胞であり、地球家庭が実現することが、根本の神様の願いであり、ご計画です。その方向で導かれていて、それが実現するために必要なことが、その都度、自分の周りにも世界的にも、起きています。それがわかれば安心でき、身を委ねられ、目の前で自分が今するべき事に、迷うことなく無心に対応していけます。このようなONEの広い視座、認識を持って、ささやかに具体的な目の前のことに、周りを思いやって、取り組んでいきましょう。

日々、ONEの方向で祈り、感謝し、自分を委ねていれば、現場で必ず勘が働きます。勘が働くよう、神に働きかけていただけるからです。現場が教えてくれます。その場に即してピッタリに行うのが、ONEの自在な知恵です。型にはまらず、その場に即して、また相手に即して、ONEは働きます。ONEの愛と智慧を生きる1年としましょう。自分の心で「こうだ!」と思うことは、神様が授けてくださった、その場に必要で役立つ知恵や方法です。次第に自分が浄められ、正され、全うされていくのを見ることでしょう。他の周りの人のことも、考慮し、労わり、見ていってあげましょう。

今年1年があなた方にとって、良き1年となりますように!

リーディングを終了します。

(ありがとうございました) 〈了〉

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Reader:ヨハネ・ペヌエル

浅野 信
新時代がすでに始まっています。このコーナーでは、ARIのオリジナル・リーディングのうち、時事の問題や未来予測に関するものを特にピックアップして掲載しました。

目的は、新時代の留意点を述べ、その方向性を示すことです。内容には、いわゆる「予言」も多少含まれています。

「予言」と言いますと、世間一般では、どうしても暗くて恐い、人々を威嚇するような否定的予言が多いのですが、真の予言はそうではありません。

私が世に示したいのは、希望の指針です。“どうなるか”という予測や透視的診断よりも、“どうなると良いのか”、“そのためにはどうすると良いのか”といった対策です。さらには、その際の心構え、知恵、それ以上に思いやり、配慮の大切さなどについてです。

これは難題や厳しい現実に目をつむったり、軽く捉えることではありません。むしろそれらをさえ生かす方向で意欲的に取り組むことへのお勧めです。

今のような難しい大事な時世に、このメッセージ・リーディングをご自身のため、また愛する大切なご家族、友人、さらには社会のために、どうぞご活用ください。