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東北関東大震災を読む

2011.03.23 リーディング No.12206

質問:ニュージーランドの地震に続き、今度は東北地方の太平洋沖でかつてないほどの巨大地震が起きました。一体、どういうことでしょうか。これから先、日本はどうなるのでしょうか。また、どうなるとよいのでしょうか。

ソース:起きる出来事は、ただ単に起きるというものではなく、霊的な意味があり、神からのメッセージとなっています。そこには神の意図が含まれ、必要があって起きてきます。大震災の前と後とで、日本は変わらずを得ません。

人間を含めた宇宙のすべてを、神は創造されました。創造されたばかりでなく、創造した後もずっと、創造主は人間を含めた宇宙全体を司(つかさど)り、守り導いてくださっておいでです。それゆえ、宇宙は生きており、心があるので、宇宙の中で起きることにはすべて意味があり、神からのメッセージとなっているのです。根本のところでは神が人間を教育するために与えるものです。
 
一見すると、偶然に起きたり、非合理に見えることも多く起きますが、また物理的な因果に見えますが、改めてよく見ていくと合法的で、意味があり、すべて必要なことが起きていることがわかります。人間の作ったカルマを神が使って、教育・訓練し、カルマを果たさせるのです。

一般には、人間が話す言葉がメッセージであり、特に預言者などが語る言葉が、神様のお言葉を代理で伝えているように言われます。もちろんそのような面もあるのですが、忘れてならないことは人間が語る言葉以前に、世の中でいろいろ起きること自体が、まずもって、神からのメッセージとなっているという事実です。これを出来事メッセージ、あるいは出来事言語と呼びます。日本語でというより、出来事で神は語って人間に何かを伝え、教育し、時に厳しく育て導こうとされているからです。それゆえ、人間が語る言葉以上に、実際に起こる出来事そのものが、神からの愛の熱きメッセージとなっているのです。

今回、ニュージーランドの地震に続き、日本の太平洋沖の東北地方の東側で、巨大地震が発生しました。ニュージーランドの地震でも、日本人の被害が多かったのですが、それがまるで前触れであったかのように、今度は日本の沖で、しかも記録されてから世界で4番目という大きな地震が襲ったのです。日本の周辺地域では、これだけ大きな地震は400年に一度位しか起きないということです。
 
なぜまた、日本の近くで今の時期に起きたのでしょう。起きることは偶然ではなく、意味と必要性があって起きる神からのメッセージであり、教育的効果を狙っているものなのです。そして、日本には今後世界に果たすべき大きな役目があるので、日本人のこれまでの誤りに気づかせ、正させ、罪を清算させ、役目に備えさせるものです。

一般には、人災と天災に分けて見られます。人災は、人間が引き起こした、人間に原因がある問題です。戦争とか交通事故とか、さまざまなトラブルなどが人災です。一方、天災は自然災害であり、人間が直接関与していない自然現象の一部だと見なされ、人間は不運にも、それに見舞われた被害者だという捉え方がなされています。

本当にそうでしょうか。確かに、人間とは別に起きる自然現象も多いです。しかし、少なくとも人間が被害を被(こうむ)るような自然災害の場合は、ただの自然現象ではなく、人間が自然に対して意識上で、更には物理的、実際的にも関与し、働きかけたことで、招いた。そのような意味では、人災に含められるべきものがあるということです。

このような認識や捉え方は、一般にはありません。そのため、人間の側が天災に見舞われても、反省や学びがなく、「自然の脅威にさらされてこのようになってしまった。人間は、科学技術を持ってしてもまだまだ無力である」。そのようにしか捉えられていません。

今回の福島原発の放射能汚染ばかりか、最初の地震も津波も、日本人の意識と生き方に問題があり、そのカルマによって必然的に引き起こされた人災でした。このような認識と捉え方は人を謙虚にさせ、謝罪、祈り、学び、成長へと人々を導くはずです。それこそが事の起きた真意であり、神の意図なのです。現実の大変さに科学技術を持って、懸命に対処していくことが必要なことに変わりはありません。

しかし、それだけでは起きたことの真の意味や意図が遂げられず、学びが得られないままで終わりかねないのです。学ぶべきレッスンを学んで改善し、成長を遂げることこそ、重要なのです。ただ、たまたま太平洋沖で地震が発生して、津波も誘発し、更に福島第一原発が爆発して、放射能が放散してしまって、被害も深刻化してきてしまったということだけではないのです。地震や津波さえ、人間が原因で引き起こしたことなのです。

仏教では、因果応報が説かれています。人間が想念や行いなどによって、カルマを作ると、それが原因となって、それ相応の結果がいずれ生ずる、そして報いがある、という認識です。これは単なる迷信とか、人間を自制させる道徳にとどまりません。実際に働いている法則です。

人間は、この数十年で数多くの生物の種を絶滅に追いやってきました。快適で便利な生活を求め、科学技術を発達させ、確かに物的肉体的には快適で便利な生活になりました。しかし、そのために生き物たちと地球の自然が壊され、ダメージを受けました。多くの生物の種が消えてしまい、自然もダメージを受けました。また、日本人の心が壊れ、心が貧しくなりました。これは明らかに人間の罪です。

特に日本人は、それを最も多く犯してきました。生物の種を絶滅させ、自然を破壊し続けました。そのため、自然からのしっぺ返し、因果応報として今度は自然の脅威によって、人間がそれ相応の甚大(じんだい)な被害を被るという結果を招いたのです。そして、このような因果応報を通して、神が人間に警告を与え、メッセージを出来事によって送ってこられているのです。自然を傷めつければ、今度はいずれ人間が自然によって困ることになるのです。自業自得の因果応報の法則は、何も人にしたことばかりではなく、複数の人々が自然に対してした場合にも働くということです。

例えば、放射性物質が降下してきて、土壌が汚れ、更に地下水にまでそれが浸透してきて、井戸水や水道水が飲めなくなるとか、あるいは農作物をそのままでは食べれなくなって困るとか、そのような形で自然からのしっぺ返しが来て、それを犯した人間が困る事態になるのです。このような因果応報のカルマの法則を神様が使われて、人間に過ちに気づかせ、正させようとされるのです。自然の恩恵を受けて、自然の一部として生かされていることに気づき、自然も生きていて心と魂があることを知って、自然に感謝し、自然を大切にし、自然と共生する方向に向かいなさい、という出来事メッセージです。

世界の中にあっても、特に日本は消費文明が行きすぎていたのです。そのまま行くことは神様がお許しになりませんでした。このまま行くと思わない方がよいのです。必ず何かが起き、止められます。強制的に中断させられる何かが起きるはずなのです。そして、それが具体的には今回の大震災でした。何がどのように起きるかは、神様は絶妙です。起きることは単に、物理的な因果関係だけで起きたのでもないし、まして偶然に起きたのでもなくて、カルマの因果の法則を使って神がある効果を狙って起こすのです。

それは、人間をこよなく愛しているために人間に気づかせ、そして間違いを止めさせ、正しい方に力強く導いていくという教育的な効果を狙って、神が出来事を起こされるものです。大きな範囲で起きることでも、個人レベルで起きることでも、偶然なのではなく、また、単なる因果関係で機械的に起きることでもなく、また科学的な因果関係だけでもなく、起きることは意味があり、必要があって、神からの愛のレッスンとして起きるのです。

人間に対して、「気づいてほしい、わかってほしい、やめてほしい、変えてほしい」、そのような熱き思いを持って、神が出来事を起こされるということに気づかねばなりません。単に、行っていたことが間違っていたから、それ相応の結果が出たという、それ以上の意味合いが起きる出来事にはあるのです。

今まで行っていたことが、強制的にやめさせられ、続けようにも続けられなくなった場合、それは暴走に対して神様がお許しにならず、くいとどめたことを意味しています。なぜなら、それが法則だからです。命の法則、愛の法則です。突発的な災難は、行きすぎに対する歯止めと、軌道修正が求められて起きることです。日本の社会は、世界においても最も贅沢で、おごりに陥っていました。それに対して神が、警告を発し、止めたのです。止めただけでなく、間違いに気づかせ、正させ、正しい方に導き育てようということが働きかけとして、起き始めました。

人間の住む世界には、霊的世界が背後にあって、霊的世界との関連で事が起きたり、人間も働きかけられて、動いていくのです。普通に見ていると見落とすことですが、そのようなことが現実には働いているのです。科学だけではわからないことです。もっと感性を働かせたり、心で感ずることでわかってくることです。科学的に測定したり証明することが困難な、目に見えない世界もあるということです。日本人はもっと謙虚になり、心を開かねばなりません。

かつてアトランティスにおいても、似たような間違いがありました。それが行きすぎて、最後は大地震と津波が起き、今以上に発達していたアトランティス文明は崩壊し、水没し、跡形もなくなってしまったのです。今では伝説の大陸となりました。しかし、そのことが語り継がれ、それをある神官から聞いたプラトンは、書物に書き残しました。

ヨハネは、黙示録の中で贅沢とおごりの街バビロンの崩壊を繰り返し唱え、その哀れさを詠っています。バビロンの街が一瞬にして崩壊したように、現在のローマ帝国もいずれ、ピリオドが打たれ、滅びるときが必ず来る。そのようにヨハネは黙示録の中で警告しました。

現代になって、ニューヨークのマンハッタンに立つツインタワーが、イスラム原理主義の過激派によって、一瞬のうちに壊されました。ニューヨークの都市にも、ふさわしい神の裁きが下ったのです。そして、東京を中心とした現代文明にも。やはり人間の贅沢とおごりが、神の喜ばれるところでなく、イスラム原理主義を使ってさえ、裁きが正当に下ったのです。

関西の、阪神淡路大震災に続き、今度は東日本に神の裁きが下り、行きすぎの消費文明と資本主義社会に、神の裁きが下りました。今こそ、自分たちの罪と誤りに気づき、認め、心から懺悔し、改め、出直すべき時です。と言っても、亡くなられた方々に問題や罪があったとみなしすぎてはなりません。むしろ、残された日本人、特に関東人の考え方や生き方にこそ、問題があったと見るべきです。だからこそ関東人は放射能汚染にさらされ、それが気にもなり、計画停電で節電を余儀なくされているのです。その意味で亡くなられた方々は、関東人の行きすぎの物的文明のあり方に対して、自ら犠牲になることで、重要なことに気づかせ、「これを機に気づいて、直してほしい」という思いを持って、命を捧げていかれたのです。
 
それはちょうど、イエス・キリストが、「災いだ、ベッサイダ、そしてコラジンよ。かつてのソドムとゴモラの街の人たち以上に、現在のベッサイダと、コラジンの街の人々には罪があった。しかし、裁きが下って亡くなられた方々だけに罪があると思うのか。そうではなく、あなた方も気づいて改めないと、同じ裁きか、それ以上の裁きが下るであろう」。そのように主は、人々に気づかせ、反省を迫り、改めさせようと導きました。

それと同様に、今回亡くなられたり、被災者になられた方々に、罪があったとか、レッスンが必要だったという以上に、それらの東北の人たちは、関東の人たちのいわば文明の犠牲になっていたのであり、本当に気づいて改めるべきは今困り始めている関東人、広くは日本人全体に、罪と改めるべき点があるのです。亡くなった人たち以上に、残されて困っている関東人のカルマと罪によって起きたことなのです。日本の歴史を見ると北日本に対して正当な関わりをとってきていません。

阪神淡路大震災で、西日本にレッスンが与えられました。そして今の時期、東日本の人たちに、神からふさわしい形でレッスンが与えられたのです。事は、計ったように起きます。計算できるくらい正確で、絶妙です。ひとえに、神による人間に対する愛の試みであり、訓育です。教育的効果を狙って事は起きるのです。是正を求める愛の訓練はつらくて大変なものなのです。

ヨハネの黙示録は、そのことを語っています。科学技術の粋を集めた、福島第一原発が爆発しました。そして、放射能が回りに広がり始め、関東の人たちは戦々恐々として、その被害におびえています。もちろん科学技術のすべてを持って、検査し、懸命に対処しなければなりません。そのことに変わりはないのですが、それだけで見るのではなく、人間の住む世界は、有意であり、つまり生きて心があり、起きることには意味と必要性があって起きることに気づかねばなりません。

リーディングは、そのような霊的な面、教育的な面にスポットを当てて、人々に気づかせ、神のご意向に沿って、力強く育て導く役目があってなされるため、このようなことが一般の報道とは別に伝えられねばならないのです。古来、預言者たちが行ってきたことです。この現代においても、いや、この現代においてこそ、このような預言的な面が必要なのです。

自然は生きており、心があります。その自然を人間の勝手に、人間の都合だけで、いいようにしていいということではない。そのことに今気づかねばならないのです。そして改めていくことです。日本が痛手を被って、このことを学び取って、生活や価値観、認識を変えることで、日本の備えがなります。そうするとこれから後に続く、中国やインド、韓国、東南アジア、その他さまざまな国々の、日本は先鞭(せんべん)をつけて、正しく導いていくことができるのです。

そのため日本に今、このとき、このことが起きねばならなかったのです。日本は広島と長崎の原爆投下から教訓を与えられたはずなのに、原子力に頼り、過信して原発を作りすぎていました。ここで必要なことは、起きたことを嘆いたり、心配するだけでなく、また、科学技術の面で調べて対応するだけでもなく、もっと、内面的な気づきと教育の面、そのことが本質のはずです。

神と呼ばれようと、仏と呼ばれようと、創造主と呼ばれようと、宇宙の命と存在はすべて、大いなる存在が創られたこと、そして今でも、大いなる存在が司り、愛を持って守り導かれていること。その下で事が起きるのだから、起きることには意味があり、必要なことが教育的効果を狙って絶妙に起きること。そのことに気づかねばなりません。

また、自然にも命と魂があること、それゆえ、自然を大切にし、人間は自粛し、もっと物を大切にして、感謝し、慎ましやかに生きねばならないこと。贅沢やおごりは最も慎まねばならないこと。このようなことが起きたことに込められたメッセージです。

神は事を起こされることで人間を試み、大切なことに気づかせ、鍛え上げ、正しい方に力強く育て導いて行かれます。おごれる者は久しからず。このくらいのことでも起きないと、日本人は気づかない、自分たちの間違いを改めなかったので、起きました。日本人は感性が衰え、やってはいけないことをやり続け、黙認し合い、地震と津波と放射能汚染の目に遭ってしまいました。

これを機に命の摂理を知り、自然を傷めない生き方、自然に感謝し、ある程度で満足する心、節電などの省エネへと向かうべきです。エネルギーは原子力から自然と調和するものに変換、移行させる方へ向かうべきです。日本人の備えがなれば、これから世界の人たちに真実と、大切なことに気づかせ、正しい認識と生活を教え、もたらしていけるようになることでしょう。大変な代価を払って、最も得難い教訓は授かるものなのです。

これからの世界のために捧げられた尊い命のためにも、出来事から学び、心も生き方もこれを機に改め、神の御心に適う日本人に生まれ変わってください。衷心よりお祈りし、お見舞い申し上げます。

リーディングを終了します。

(ありがとうございました)〈了〉

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Reader:ヨハネ・ペヌエル

浅野 信
新時代がすでに始まっています。このコーナーでは、ARIのオリジナル・リーディングのうち、時事の問題や未来予測に関するものを特にピックアップして掲載しました。

目的は、新時代の留意点を述べ、その方向性を示すことです。内容には、いわゆる「予言」も多少含まれています。

「予言」と言いますと、世間一般では、どうしても暗くて恐い、人々を威嚇するような否定的予言が多いのですが、真の予言はそうではありません。

私が世に示したいのは、希望の指針です。“どうなるか”という予測や透視的診断よりも、“どうなると良いのか”、“そのためにはどうすると良いのか”といった対策です。さらには、その際の心構え、知恵、それ以上に思いやり、配慮の大切さなどについてです。

これは難題や厳しい現実に目をつむったり、軽く捉えることではありません。むしろそれらをさえ生かす方向で意欲的に取り組むことへのお勧めです。

今のような難しい大事な時世に、このメッセージ・リーディングをご自身のため、また愛する大切なご家族、友人、さらには社会のために、どうぞご活用ください。