HOME > アカシック.リーディング > メッセージ・リーディング 20120418

日本はどうなるのか

2012.4.18 リーディング No.12798

質問:2011年3月11日に東本大震災が起きてから、さまざまな問題が浮上し、危機感が高まっています。次の巨大地震と災害への対策が増え、人々は不安と恐れの中で日々を過ごしています。政治も混迷を窮めています。これから日本はどうなるのでしょうか。また、どうするとよいのでしょうか。

ソース:東日本大震災が起きてから、1年が経過しました。人々の不安や恐れは、大震災が起きて1年以上経っても、収まるどころか逆に増しつつある、厳しい状況です。

大震災の余震が、回数としても度合いとしても大きかったばかりでなく、津波による被害と、何よりも放射能汚染による原発の問題が深刻化し、未だに放射能汚染は収まらず、原子力発電の収束もないまま、他の国内の原発の再稼働に関しても、論議が続き、話がまとまりません。

ただ、福島第一原発の爆発による放射能汚染の被害が著しく、「原発は大変なものだ」ということが、日本人の認識に深く広く及び、東日本大震災の前と後とで、日本人の原子力に基づく電気の利用は著しく後退し、人々はそのことに否定的になっています。

それ以前はむしろ、石油などの化石燃料を燃やしてCO2を排出することで、温暖化を地球の自然に引き起こすものに対して、原子力エネルギーはクリーンで、安全でもあり、効率的で、未来の理想的なエネルギー源だと、見なされていました。ところが実際は安全ではなく、一度破損したなら収束するのに手間もお金もかかり、なかなか収まらず、大変な被害をもたらすことが判明しました。

多くの人たちの人体にも、心にも、そして自然にも、著しいダメージを与えることがわかりました。それで慌てて原子力を点検し、原発を一時止めています。点検がほぼ完了した所も、再稼働には慎重です。何より世論が、そのことに心配し、厳しい目を向けています。

人間には、事が起きないと問題のあることでも、止めない場合が多い、弱くて愚かな面があります。それで神さまが、人間の問題のある行いと、その元にある心の動きを止めさせ、改めさせるために、やむなく事を起こします。体験学習です。出来事メッセージによる教訓の学びです。これが試練であり、代償を伴うつらいものです。

人間は3つの段階に分けられます。低いレベル、中くらいのレベル、高いレベル、この3つです。

高いレベルの人たちは、大変な事が起きる前に間違ったことに気づいて、それを止め、改めます。医療なら、予防医学に相当します。中くらいのレベルの人たちは、事が起きて初めて、大変であることに気づいたり、そのことが間違っていることを認め、止めます。そして改めます。体験学習です。

低いレベルの人たちは、大変な目に遭っても、間違いに気づかなかったり、間違いを認めたがらず、問題の行動を止めず、改めようとしません。そういう人たちには神さまも、取りつく島がなく、事が起きて大変な目に遭っても、出来事から教訓を学ばず、改めたり成長したりしないのです。

日本に大震災のような大変な事が起きても、未だに原発に頼り続けようとする人たちがこの部類です。利害というものが人間には、現実的につきまといます。「これはいけないし危ない」と思いつつも、それで生計を立てたり、それを仕事にしている人たち、あるいはそういった地域はなかなか止められません。

社会体制にも「原発によるシステムだったり、また科学技術のあり方だったりするといけないし、リスクが高いことがわかったけれども、実際問題なかなか変えにくい」という状況があって、止められない、また変えられないということもあります。それでも大変な目に遭えば、思い切って見直して変えていくことに、重い腰を上げて渋々取り組むのが人間です。

ひどい目に遭えばその分、これまでの行いを止めて、見直して改めるということに向かうようになるのが、人間の性(さが)です。新たに自然のエネルギーを見出し、開発しなければならないということでは、多くの人たちの思いは一致してきています。節電も容認するようになりました。

やはりこれだけのことでも起きないと、人間は便利なものや安易なものに頼り、リスクが大きかったり、自然を傷めたりしても、贅沢で快適な暮らし、消費社会文明を変えなかったことでしょう。

それで限界に達したところで、神がやむなく大震災が起きることを許し、事が起きることで人間に過ちに気づかせ、それを止めて、これからの文明にふさわしいエネルギーを開発し、それに応じた文明システムや人々の生活のあり方を作り出すほうへと、力強く育て導き始めたのです。

もともとは人間が自ら招いた結果であるとは言え、神が介入し、そのように仕向けました。個人レベルでも、広い範囲においても、大変な目に遭った場合は、これまでの行き過ぎに対する歯止めと軌道修正が求められていることを、法則が表しているのです。

行き着く所まで行って、これ以上はもはや限界で行けないという所に来ると、必ずといってよいほど事が生じて、それ以上続けられなくなり、見直しを図って転換を図るように仕向けられるのです。行き着く所まで行くと極まって、カルマが顕れ、それで大変な思いをして、犠牲も伴いますが、それで止められ、貴重な教訓を、痛手を被(こうむ)って学び取って、転換が起きるのです。

広島と長崎に原爆が投下されて、日本は太平洋戦争に敗戦しました。それが転換となり、日本は平和主義で行くことに決め、核兵器を持たない唯一の先進国として、模範的な国造りに邁進しました。それは良かったのですが、見落としがありました。それは経済成長による物的文明、取り分け消費文明に行き過ぎて自然を壊し、人々の心や魂も枯れてきて、物的で利己的な欲望を助長するあり方に、どんどん向かっていったことです。

その象徴であり、時代の申し子が原発でした。気づいてみたら広島と長崎に投下された原子爆弾と同じ原子力に基づくエネルギーを使って、それに依存している生活や企業のあり方になってしまっていたのです。戦争目的ではなかったものの、同じ原子核エネルギーを使っての、文明社会を築き上げていました。それが極まって広島と長崎の原爆投下から66年という因縁の数を経た66年後、カルマが顕れ出て再び日本人は放射能汚染に見舞われてしまったのです。

起きることは天からの警告であり、メッセージです。宇宙は生きていて心があり、その中で事も起きるのです。単なる物理的な因果関係だけで事が起きるのではありません。

大震災のような地震や津波でさえも、単なる天災ではなく人災であり、人間にも、人間が住む世界にも、自然にも、心や魂が宿り、一番の元では神が司っている世界なので、起きる事には、ご意志や教訓が込められているのです。わかりやすく言うと、恵まれていたり良い思いをした時は、「普段良くやってるね。その調子でこれからも行きなさい」という励ましやお褒めであり、ご褒美なのです。

一方、うまくいかなかったり、ひどい目に遭ったり、思い通りにいかなかったり、という事が起きた場合は、ただ単にそうなったということではなく、普段の心がけや行いが、神のご意志と一致しておらず、そのことに気づかせ、改めさせるという躾(しつけ)のような、厳しい面が顕れ出たということなのです。

現代の日本人はそのような、事に対する解釈や捉え方はしません。起きた事の解釈も、対処も、物理的な因果関係だけであくまで押し通し続けます。しかし日本は、この66年の物質文明を作り上げる以前は、日本昔話などにも表れているような教訓が、自然の動きにも、身の回りの動きにも反映しているという、深くて心ある認識があったのです。

これから必要なのは、そのような認識を引き起こす魂の目覚めです。一人ひとりの心の奥に、良き心が動き出し、魂が目覚め、目に見えない世界のお蔭でこの世はあるし、人間も奥深い魂が本質であること、自然にも魂が宿っており、生きていること、したがって自然を傷めてはいけないこと、自然に感謝し、自然に優しく接し、自然と調和する生き方をしなければならないことを、このことは表しています。

大震災を機に、日本人がまずこのような学びを得て、日本人が正され、魂が目覚め、清まってくれば、日本の態勢が整います。そうなると今後の世界のお手本として、日本は世界に対して、教えられるもの与えられるものが出てきます。

それはちょうど66年前に、日本だけが原爆を投下されひどい目に遭った。でもそれを無駄にせずに、核兵器などは持たず平和な文明社会を作り上げてきた、戦争も行わない。
そのような模範を示せたように、今回の大震災を機に今度は、欲望を満たすことを追求する文明のあり方を見直して、自然と共存し調和する、自然も生きていて魂がある、自然の恩恵で人は生きていられる、そういうことを知って、節制した生き方や、自然のエネルギーを使い、自然に優しい文明のあり方や生活の送り方を創り出して、世界の未来型のあり方を示していくことができるようになります。それが、日本の使命です。日本人にはそれができるし、そのようなお役があったので、日本が大震災と放射能汚染に見舞われたのです。

2011年は大変な年となりました。これをターニング・ポイントとするべきです。日本の民族と国土の持つカルマが動き出した結果、大震災と放射能汚染があったのです。東日本大震災の起きた霊的な原因は、日本の持つ大きなカルマが動き出したことにあります。

カルマは顕れ出ないと、解けません。極まってカルマが解けようとして顕れ出て、大震災と放射能汚染を引き起こしました。しかしそれがターニング・ポイントとなって、カルマが解消し始め、神さまが日本人を試し、力強く鍛え、次の段階へと育て導かれ始めています。

まだ混迷を窮めている世の中や政治ですが、神さまの働きかけで必ずや日本人は、間違いに気づき、間違いを認め、大事なことに気づき、正しい方向づけを取って歩み出すことでしょう。産みの苦しみを通過中です。

今は昨年の大震災の被害があまりにも甚大だったため、次の地震に対する対策が盛んに行われています。首都直下型地震であるとか、東海、東南海、南海沖、あるいは昨年のような東北から北関東の太平洋沖などといったように、主に日本の太平洋側を中心に、どこかで近い内に大きな地震があるのではという予測があります。

そして人々はそのための対策に乗り出しています。そのような対策ももちろん必要です。しかしもっと大事で本質的なことは、一人ひとりが大震災から教訓を学んで成長を遂げ、魂こそが人間の本質であり、自然も生きていて、自然の恩恵で人は生きているのだから、自然に感謝し、自然を大切にしなければいけないということです。

魂の存在に気づき、魂が目覚めることが、事の本質なのです。日本人はそれができるはずです。そうなれば、昨年のような大震災や放射能汚染に見舞われることは、ほぼ起きないで済むことでしょう。今多くの人たちが次の巨大地震と災害を予測し、対策に取り組み出しています。

しかし実際は、そのような予測のとおりになることは少なく、昨年のような甚大な被害をもたらす大地震や津波や放射能汚染は、今後日本に起きないでしょう。

むしろ2011年で、日本の持つ大きなカルマが顕れ出て解け始めて、日本人の意識状態や生活の仕方や企業のあり方も変わり出しているので、今年2012年から2013年にかけて、次第に人々が落ち着き、教訓を学んで成長を遂げ、あり方を正し、また日本に明るさや活気が戻り、より良い形で日本はまた持ち直し、栄えていくことでしょう。

しかしこれまでのような消費文明の、欲望を満たす自然にダメージを与えるようなあり方や、物とか肉体とかに寄り過ぎている生活や科学技術や生活の仕方ではいけません。大震災を機に、命や魂や霊や利他愛、また自然万物への愛に目覚め、簡素に、優しく、自然と調和し、人々を思う。そのようなあり方で生きることです。

世界はグローバル化が進んでいくことでしょう。環太平洋のTPP論議が昨年盛んだったのも偶然ではありません。これからは関税などをかけずにオープンになって、商品とか農産物や食料品などを、世界中がそれぞれ貿易して分け合い、負担が少なく、世界が一丸となってそれぞれ経済的に協力し、助け合うようなあり方に向かわないと、多様な世界を運営することは困難になるはずです。TPPはその最初の関門です。

そのように関税をかけずに国際化を目指すか、そうでないなら欲望を自制し、日本なら昭和30年代や40年代の頃の生活のあり方に戻すぐらいのことでなければ、やっていけなくなるはずです。このように選択肢は2つです。関税をかけずに貿易をオープンにして、世界中で分け合い助け合うか、そうでないなら30年40年前の低消費の文明や生活に戻すか、どちらかです。

いずれにしても魂を目覚めさせ、お蔭さまの感謝や素直さや謙虚さを持つこと、自然や他の人を思いやること、そして自然のエネルギーを開発し、化石燃料や原発から徐々に移行させていくことです。物や肉体にも意味や存在理由があり、大切です。ただこれまでの文明は、そちらに寄り過ぎていました。

これからはもう一方の、霊の世界や神さまや仏さま、自然の命、利他愛、命を大切にし敬い感謝する心、そういった魂の世界を掬(すくい)取り、バランスを取る、ONEという全体性の回復へと向かうことが、求められます。そのために大変な痛手を被って日本は、まず備えさせられるように仕向けられました。日本人にその可能性があり、役目を与えられた証拠です。

必ずや日本人はそのことに気づき、正しい方向づけを取ることでしょう。そのために大変な目に遭ったのです。このことに気づいて実行に移せば、また日本は明るく活気が戻り、また健全になり、バランスの良いONEの形の国造りが為されていきます。そして世界の今後のお手本となり、イニシアティブを執っていけることでしょう。そうなりますように。

リーディングを終了します。

(ありがとうございました)〈了〉

2019年

2019.4.16
2019.3.15
2019.2.14
2019.1.11

2018年

2017年

2016年

2015年

2014年

2013年

2012年

2011年

2010年

Reader:ヨハネ・ペヌエル

浅野 信
新時代がすでに始まっています。このコーナーでは、ARIのオリジナル・リーディングのうち、時事の問題や未来予測に関するものを特にピックアップして掲載しました。

目的は、新時代の留意点を述べ、その方向性を示すことです。内容には、いわゆる「予言」も多少含まれています。

「予言」と言いますと、世間一般では、どうしても暗くて恐い、人々を威嚇するような否定的予言が多いのですが、真の予言はそうではありません。

私が世に示したいのは、希望の指針です。“どうなるか”という予測や透視的診断よりも、“どうなると良いのか”、“そのためにはどうすると良いのか”といった対策です。さらには、その際の心構え、知恵、それ以上に思いやり、配慮の大切さなどについてです。

これは難題や厳しい現実に目をつむったり、軽く捉えることではありません。むしろそれらをさえ生かす方向で意欲的に取り組むことへのお勧めです。

今のような難しい大事な時世に、このメッセージ・リーディングをご自身のため、また愛する大切なご家族、友人、さらには社会のために、どうぞご活用ください。