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古神道の魂と使命

2017.4.14 リーディング No.15074

古神道とは何ですか。
古神道の特徴と役割についてお聞かせください。


ソース:古神道とは、日本神道がソフトウェアの面でもハードウェアの面でも、まだ形を成す以前の原形としてのあり方です。ユダヤ教の場合も同様でした。

広くはどんな宗教の場合も、最初は内容的にも物的にも形を成さず、分派もしておらず、もちろん対立もない、魂そのものとして始まっています。
ユダヤ教の場合でしたら、アダム以来、アブラハム、イサク、ヤコブという親子三代の時代に基盤ができました。当時は特定の神さまが鎮まっている場所も神殿もなく、宗教儀礼も形として定まっていませんでした。

それがずっと後の時代に、ダビデの後、その子ソロモンの時代に至って、ようやくエルサレムの地に神殿が造営され、儀礼も形をとり、祭司たちが神さまに仕え、そこでお勤めするようになったのです。
それまではイスラエル人は旅人、寄留者として、幕屋方式の簡素な宗教を移動しながら、仮設テントで執り行っていました。

それと同様に、日本の神道も一つの宗教として形を成すまで、ソフトウェアの面もハードウェアの面も未(いま)だ形を成さず、簡素な原形としてのあり方を保っていたのです。
それが次第に歴史の経過の中で、出雲大社や伊勢神宮、またそれぞれの分派としての熊野、諏訪など、無数の系列が創り上げられ、国家神道も創られました。

それはそれで歴史の必然であり、問題であるという意味ではありません。ただ古神道というのは、そういった歴史の経過の中で、「教え」「行法」「作法」「儀礼」などのソフトウェアの面、また「物的な場所」「神社の建物」「境内」などの固定した物的場としてのハードウェアの面などは未だ持たず、そういった形を成す以前の、原形としての魂だけがありました。

神さまにお仕え申し上げるお役の人たちは、少しずつ必要に応じて現れ、そのお役を引き受けて、分担し、細分化、専門化され、執り行うようになっていきました。
神道においてはもちろん、形にも意味と役目と力があり、形も必要で大切ではあります。ただ人間というのは得てして、形式重視に陥りがちです。元の精神や命が失われ、形式主義に陥り、形式のための形式、儀礼のための儀礼に陥りがちです。

そこで古神道の重要性が出てきます。それによってこそ初めて、現状のそれぞれの神道が息吹を吹き返し、神道としてのお役を十分に果たしていけるようになるのです。

宗教はどうしても形を作り、組織化し、分派しがちです。そういう人間や社会の傾向があるゆえ、ますます原点が問い直され、当初の目的や息吹が見直され、復興されねばなりません。
キリスト教ならイエス・キリストと使徒たちが活動されていた「原始キリスト教」、仏教ならゴータマ・ブッダと直弟子たちが活動されていた「原始仏教」、あるいは「根本仏教」が重要とされるゆえんです。

それと同様に、日本の神道の場合においても、神道の元を正し、「本来、神道はどういうものであったのか。また、どうあるべきか」を問い直すことが、その都度必要になってきます。
それによって道から外れかけていた所を元に戻し、何よりも失われかけていた息吹と精神を甦らせることができます。それが古神道の尊さと果たせる役目です。

形式化物質化され、分派が著しくなり、対立したり形式主義に陥ったり、複雑化すればするほど、ますます「初心忘るべからず」「温故知新」の精神でもって、原点に立ち返って見直し、正し、当初の命を呼び覚ますことが必要になってきます。
洗礼者ヨハネとイエス・キリストがイスラエルの地に登場したのも、まさしくユダヤ教を刷新し、元のユダヤ教に戻し、元の息吹を吹き返す目的がありました。

神道は古い時代からすでに、皇室との関わりがありました。もともと天皇は神さまにお仕えする大祭司でした。
それが現実的には、政治としても行われる必要性が出てきました。祭政一致は日本ばかりでなく、エジプトでもイスラエルでも、その他多くの地域において一般的に見られているあり方でした。
王が宗教も司っていたのです。それゆえ今でもその名残として、政治を「政(まつりごと)」と言うのです。

このことは、現状においても政治と宗教が関わるべきだということを意味していません。むしろ政教分離が望ましいのです。
それでもなお古い時代から、また早くから、政治と宗教が分かちがたく結びつき、関連していたことはありました。

もともと天皇は、政治というより宗教の役割を担うトップでした。その現実的な応用として、政治もありました。そのため政治にも関与し、責任を果たしていました。
しかしそれは「好ましくない」ということと、「多忙で両方を兼ね備えることが困難である」こととの理由から、分けられるようになりました。

現代においては、政治の面のトップは首相、総理大臣が担うことになっています。そして今でも名残として、天皇は宗教的な役目を引き受けておられます。

日本の場合具体的には、伊勢神宮が皇室とのご縁の深い神宮となっています。
しかし最初から伊勢の地に、今のような形を成していたのではありません。元伊勢と呼ばれる地があります。もっとさかのぼれば、日本の原風景である奈良の飛鳥の地にそれがあり、その地で執り行われていました。

古神道とは、ひと言で言うと、「日本のふるさと」であり、「日本の魂」そのものです。日本の国と日本の民族を生み出した魂です。

その古神道の魂を受け継ぎ、育て、守り、浄め、発揮させ、それによって日本の国と土地、つまり国土と民族とを責任を持って、守り育て導くこと。そのような「日本の魂」という、日本の国土と民族を生み出した大きな魂のご意志とその働きを称揚し、引き受け、執り行い、滞りなく発揮させる御業が、古神道です。日本の国土と自然と日本人とを生み出し、守り司っておられる大きな魂が、古神道なのです。

それゆえ日本人も、日本の国土や日本の自然も、古神道には含まれています。それらを産み出したばかりでなく、それらを産み出した後、責任を持って守り、育て、浄め、導いておられる。それが原形としての古神道です。

そのことに気づいた日本人の何人かが、日本の元にある国の魂をお祀りし、感謝申し上げ、日本の元にある国の魂の意向に沿って、日本の国が営まれるように、国の魂のご意志の方向で、そのお役を引き受け、地上で働かしめる、また霊界でも働かしめる、その御業が古神道です。
その意味では、古神道は日本固有の民族宗教です。ちょうどユダヤ人たちにユダヤ教が与えられたことに似ています。

しかし広げて見るならば、日本は小さな国土、弱小民族でありつつも、その規模によらず、普遍性と尊さが宿り、世界にも通ずる大切なものを与えられている所です。
そのため結果として、世界中に通じ、世界に与えられるものが秘められています。今のような時代状況であるからこそ、日本古来の精神と行い方が世界の鑑となり、世界に与えられるものがあるのです。平和的で自然を大切にし、自然と共存して生きていくありのままのあり方です。

日本では、縄文時代がもっとも長く続きました。それは無理のない、自然と一体化した素朴な人間の暮らしぶりだったからです。特に変える必要はなく、真理に即していたため、長く続くことができたのです。
その縄文時代のベースに、古神道の精神と生き方と宗教がありました。と言っても、今から「縄文時代のような原始的な暮らしに戻れ」ということではありません。

ただ、それ以降失われてきた本当のもので大切なものを、古神道に着目することによって復興し、現代に欠けがちな大切なものを補い、バランスを図ることができるということがあります。それは日本に限ったことではありません。世界的にも言えることです。
日本の中でもっとも大切で本当のものが、純粋に受け継がれてきています。それは今後の日本ばかりでなく、世界も求めていくはずのものです。

それはかつてイスラエルにおいて、イスラエル人とその宗教であるユダヤ教が、世界的に大きな役割を担っていたことに似ています。
イスラエルの国と民族は、やはり小さく、弱小でした。しかし『聖書』が残され、世界的に大きな影響力を振るいました。イエス・キリストが特にその契機となりました。

それと同様に、イスラエルのような性質と役目を日本が引き継いで、これからの時代、日本古来の神道の精神とあり方がひな型となり、世界に平和と調和をもたらす可能性と役目があるのです。日本の、特に古神道から、参考となる大切なものが得られます。

これまで世界宗教というと、キリスト教、イスラム教、仏教などが主流でした。しかしそれらではこれから世界平和をもたらし、人間が人間として人間らしく生きていくことは困難になりつつあります。
そこで、日本の神道の中に、今後の世界における「宗教観」「人間観」「人生観」「自然観」「生命観」の理想的なあり方を見出すことが必要となってきます。

純朴で、幼子のようなありのままの、飾らない、自然体のあり方。神さまとも霊界とも人々とも自然とも相和し、共にあることができるような、本来のONEのありようです。
ちょうどイエス・キリストが「幼子のようになれば天国に行けます」と言われたことに通じます。中国の老子も「幼子の精神」を大切にし、「無為自然」を説きました。

複雑化し、科学技術が進めば進むほど、バランスをとる必要性が出てきます。そこで、現代の文明の対極を成す「忘れられ、失われかけている本来の人間のありよう」が求められるようになります。

そのヒントが日本の古神道にあります。日本人はその自覚をもって、それを見出し、取り戻し、呼び覚ましましょう。それによって甦ることができます。
そしてそれが日本から始まって世界にも与えられていくならば、本当に、世界に平和と調和が訪れることでしょう。

日本にあるものは日本のためのものではありましたが、それには普遍性があり、どこでも誰でも必要で、通用する大切なものであったのです。そのことに気づき、自分たちから始まって、世界にもそれをもたらしていきましょう。それによって本当に世界に平和が訪れ、宗派を超えた神の国が実現することでしょう。古神道のご助力によって、霊界も含めた常世の国が実現しますように。

リーディングを終了します。

(ありがとうございました)〈了〉

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Reader:ヨハネ・ペヌエル

浅野 信
新時代がすでに始まっています。このコーナーでは、ARIのオリジナル・リーディングのうち、時事の問題や未来予測に関するものを特にピックアップして掲載しました。

目的は、新時代の留意点を述べ、その方向性を示すことです。内容には、いわゆる「予言」も多少含まれています。

「予言」と言いますと、世間一般では、どうしても暗くて恐い、人々を威嚇するような否定的予言が多いのですが、真の予言はそうではありません。

私が世に示したいのは、希望の指針です。“どうなるか”という予測や透視的診断よりも、“どうなると良いのか”、“そのためにはどうすると良いのか”といった対策です。さらには、その際の心構え、知恵、それ以上に思いやり、配慮の大切さなどについてです。

これは難題や厳しい現実に目をつむったり、軽く捉えることではありません。むしろそれらをさえ生かす方向で意欲的に取り組むことへのお勧めです。

今のような難しい大事な時世に、このメッセージ・リーディングをご自身のため、また愛する大切なご家族、友人、さらには社会のために、どうぞご活用ください。