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前世と深層意識

2018.5.11 リーディング No.15515

質問前世と意識の関係についてご教示ください。

ソース人は誰でも神さまから頂いた生命エネルギーを使っていろいろと考え、思い、決断し、行動に移して生きています。その生命の営みを「カルマ」と言います。こうして神さまから頂いた生命エネルギーを使っていろいろと思い、また行うことで自らを創り上げ、また周りにも影響を及ぼし、その影響が自分に返ってきて、それを受けます。人生で体験していくことや周りから与えられることは偶然ではなく、かつてどこかで自分が周りに及ぼした影響が周りから返ってきているものです。

そうであるからこそ、どんなことが起きても認めて受け止め、対処しながら必要なプロセスを通っていくのです。それによってかつて自分が作ったカルマが遂げられ、現実の問題も解決します。その中で神さまに試され、鍛えられ、浄化と育成が図られます。こうして神さまに自分で作ったカルマを通して育て導かれているのが人生です。神さまがそのような仕組みと法則を設けられ、それによって人を教育し、育て導いてくださっているのです。

このように生命エネルギーを使っていろいろ思ったり、行ったりする。それがそのままでは終わらず、周りにそれ相応の影響を及ぼす。「周りに刺激を与える」ということ。そうすると周りから反応が返ってきて、それを身に受けることになります。しかしそれでカルマが果たされ、学びが与えられ、見直しと改善の機会となります。そしてその現実に対処することで、責任とカルマを果たしていくことができます。

思いや行い自体はその場で消えますが、そのままでは終わらず、余波を周りに及ぼし、それがいずれ本人に返っていくということです。そしてそれが見直しと学びと改善の機会となる。またそれに対処して、カルマを果たす必要に迫られるということです。このように思いや行い自体はその場で消えますが、周りに影響を及ぼし、いずれその反応が周りから返ってきて受けることになります。カルマの因果の法則です。

行い自体はその場ですぐ消えるけれども、時間を隔てて、それに対する結果が返ってきて、それを受けます。それを「因果応報」と言います。一種の報いです。カルマの結果です。この時間の隔たりが一生涯の中で起きることもあれば、一生涯を超えて輪廻転生の中でかつて及ぼした影響が今返ってきてそれを受けることもあります。そこで前世を扱う必要が出てくるのです。

自分に昏(くら)いと「なぜ自分はこういう目に遭わなければならないのか」とわからず、現状を認めて受け止めて、対処することが困難に陥ります。そうなると自分も苦しいし、現実に対処できず、責任とカルマを果たせません。現実の問題も滞ってしまいます。そうならないために前世が知らされます。

多くの場合、人は今世で自分が行って周りに及ぼした影響の、全てを自覚しているわけではありません。だから起きてくることが納得できず、受け入れられず、対処できないのです。不公平で非合理に見えてしまうからです。しかし必ずカルマの因果の法則に従って、現実は動いているのです。そのことに気づいて、直接の原因がわからなくても、起きたことを認めて受け止め、対処しながら必要なプロセスを通り抜けていくことで、初めてカルマが解消し、神さまに育て導かれていきます。

今世の中で行ったことさえ全部を自覚していないのですから、まして前世で自分が行ったことに対しては自覚が少ないです。そのため「なぜ現実がこういうふうになるのか」わからず、事態を受け入れて応じることができにくくなってしまっているのが人間です。必ず因果の法則で動いているのが現実なのですから、そのことに気づいて、たとえ直接自分が行った原因がわからなくても、法則に従って起きてきていることを知って、どういうことでも起きてきたことをまずは受け止めて、対処していくようにしてください。

神さまが本人が作ったカルマを通して、足りないところに気づかせ、育て導き、カルマを果たす機会や、周りのお役に立つ機会を与えてくださっています。

カルマの影響は周りに及ぶばかりではありません。自分自身にもフィードバックされます。人はいろいろと思い行うことで、自らを創り上げつつある存在です。自分の状態にしても、周りの状況や出来事にしても偶然ではなく、前世から今に至るまで自分がいろいろ思ったり行ったり、努力したり怠慢になってきたりしたことに対する、正当な結果です。ただこれは最終結論ではなく、途中経過です。そこに希望と可能性があります。

この法則は、過去から現在にかけて作用しているばかりではなく、現在から未来にかけても作用し続けます。そのことに気づけば焦ることなく、まずは現状がそのようなものであると知って受け止め、現状に立ってベストを尽くすようになります。また、現状から教訓を学んで改善し、今後の糧(かて)として教訓を活かして生きていけるようになります。そうすれば過去のことが全部無駄ではなく、生きてきます。

全てが学びの題材です。その意味で恵みです。もともとそのようなものとして、神さまがお与えくださるのです。一方的に与えられるものでなく、自分が作ったことに対する正当な結果ですので、納得でき、ありがたく受け入れられる恵みです。為を思って与えられていく正当な結果です。これからの思い方と行い方で、現状を踏まえ、自分も自分の周りの状況も、より良いものに、いくらでも創り上げていくことが可能です。

カルマは過去的なものばかりでなく、未来的なものでもあるのです。またカルマは悪業だけでなく、善業もあるのです。そこに希望と可能性があります。過去のカルマを恐れるよりも、これからのカルマをより良いものにするよう、積極的肯定的建設的に生きていきましょう。自ら思い行うことによって、自らをこのような形に創り上げてきました。そして、これからの思いと行いによって、現状から変化していきます。

「前世はすでに済んだことなので、たとえ前世があるにしても、前世を今さら扱う必要性はない」「過去向きすぎる。もっと未来を向くべきである」。そのように捉える人が世の中にはいることでしょう。一理ありますが、そういうものではないのです。人間は歴史的な産物です。歴史を無視してはいけません。歴史から学べるものがあるし、過去を認め受け入れることは責任のある人となり、周りからも信頼され、大事なお役を頂けるようになります。

自分の過去に責任を取れる人こそ信頼され、周りから大事なお役を授かるのです。過去の中には今世の過去ばかりでなく前世も含まれています。自分がかつて思ったことや語ったことや行ったことを知らないという人は無責任であり、信用置けません。もちろん過去に行ったことでも、カルマと責任をすでに果たしているのならば構いません。しかしまだ終えられていないカルマの場合は、「知らない」と言って拒否したら無責任です。たとえどういう現状や動きでも、カルマ的な必然的結果なのです。「知らない」と言って退けるのは好ましくありません。

人それぞれの傾向からして、盲点や弱点があります。それがカルマの結果として返ってきます。そのため現実の動きがカルマ的なものであるほど、現実の動きが非合理で納得いかないものに見えるものなのです。それで認め、受け止め、対処することができません。そこでこういう教えを学ぶことで、たとえ自分で到底納得できず、受け入れがたいことでも、自分がまだ見落としていることがあって、こういう結果を招いたと悟り、たとえどういう現実の動きの場合でも、まずは自分でそのことを認めて受け止め、対処していくことが責任とカルマを果たす道です。

確かに前世はすでに済んだことであり、過去のことではあります。しかし本当にはまだ済んでいないことがあるのです。それを「カルマ」と言います。そういうものが巡ってきて果たすように求められます。その意味で過去はまだ済んでいません。済んでいる部分もありますが、残っている部分もあるということ。

もちろんカルマによってだけ現実は動くのではなく、もっと前向きに役目を果たしたり、人様のお役に立ったり、本当の恵みを享受する、体感させていただく、そういうこともあります。ただ多くの場合、カルマ的なものが前世からやってきて現実が動いていることは、事実です。

その一方で自由意思を使って、より良く未来を創造的に生きるということになります。全てが自由なのではありません。過去のカルマが規定しています。またカルマでなくても、自分の好みとか能力とかなどの限界によって、自分の中に制約があり、完全に自由だということではありません。

思いや行いそのものは消え去りますが、行ったり思ったりしたことが自分にフィードバックされ、それが自分の中に蓄積されていきます。つまり、前世は過去にあるというよりも本人の中にあるのです、蓄積されて。「では、それはどこにあるのでしょう」「前世は過去にあるというより、今のその人の中にある」それは主に深層意識にあります。その意味で、前世は過去ではなく、現在のその人の中にあるのです。

「顕在意識」は「肉体」に対応し、「建前」を特徴としています。「潜在意識」は「心」に対応し、「本音」を特徴としています。「超意識」は「魂」に対応し、「良心」を特徴としています。潜在意識はさらに2つに分けられます。「潜在意識A」は、「今世の幼少期から今までの経験」の記憶を蓄積している意識です。「潜在意識B」は、もっと深い所にあり、「前世の経験」を記憶している意識です。「前世の記憶」は「魂の記憶」とも言えますが、厳密には魂そのものにあるというより「潜在意識B」にあります。

一般の心理学では、潜在意識や深層意識は生まれてからのものや、あるいはご先祖さんからのものとしてのみ見ています。しかし実際は、「潜在意識B」と名づけてもよい、より深い潜在意識があるのです。それが潜在意識Bです。そこに前世の時に行ったことの記憶やカルマが蓄積されています。そしてそれが表に現れ出てきて、自分の思いや行いに影響を及ぼします。また周りにもいろいろなものを引き起こして招きます。思いや行いがその場で消えても、自分の中に留まっていて、それがいずれ芽を出して表面化してくるということです。

仏教の唯識(ゆいしき)思想では、このような深層意識を「阿羅耶(あらーや)識」と名づけています。「阿羅耶識という蔵の中に前世から今に至るまでの記憶とカルマが保存されていて、本人のありようと運命を規定していく」というように説いています。しかしさらに細かく見ていくと、ヨガの「チャクラ論」が、より完成された理論であることがわかります。

潜在意識Bであり阿羅耶識であるものは、唯一つではなく、7つに展開しているのです。思いや行いの種類や内容に応じて7つの蔵があるのです。たとえて言えば、1つのタンスがあって、タンスは1つだけれども引き出しが7つ付いているのです。そしてそれぞれの引き出しに、分類別に衣服を入れて仕舞ってあります。

それと同様に、記憶やカルマの種類や内容に応じて7つのチャクラにそれぞれ、前世のカルマや記憶が分類されて蓄積されているのです。それがそのチャクラの状態を決め、それに応じた「体質」「体型」「性格」「好み」「能力の傾向」「運命」「周りの環境」などをチャクラの状態を通して決めています。

こうして、前世で行ったり思ったりしたことはそのままでは済まず、行い自体はその場で消えたとしても、本人の中にもフィードバックされて、行いの種類に応じて7つのチャクラに蓄積されます。それがそのチャクラの状態を決めます。それが生まれ変わって、「どういう体型や体質になるか」、また「どういう病気にかかりやすいか」、また「どういう能力や才能の人になるか」「どういう性格や好みの人になるか」を決めます。さらに「周りの環境や人間関係や仕事」「運命」「人生の内容」などを、チャクラに保存されているカルマや前世の記憶が方向づけ規定していくのです。

このように前世は「過去にある」というよりも、「現在のその人の中にあります」。本人の奥深くにあって、それに対して無意識で無自覚な人がほとんどですが、自分を内省し、自分を自覚してくると、本当の意味で自分をわかり、自分を弁(わきま)える人になります。セルフイメージが正しくなってきます。過大評価でも過小評価でもなく、自分に対する誤解でもなく、自分を正しく深く理解でき、自分を弁え、正当に評価し、自分がするべきことを迷わず行える人になります。

そのように自分のカルマに自覚的になってくると、必要な前世がわかってくるし、前世を取り違えなくなります。本当の自分がわかってくるからです。自分のカルマと立場と役目を自覚することが大事です。そうなってくると、人生で起きてくることに対しても、「どうしてこういうことが起きるのか」などと思わなくなり、起きてきたことがわかり、受け止めて対処していける人になります。余計に将来を恐れたり心配したり、根回ししたりしなくなります。

神さまを信じて、神さまに重きを置き、神さまに自分の全てをお任せできるようになります。人のことも労り、思いやり、大切にし、適切な関係を取れるようになります。自分のするべきことがわかり、「なぜ今こういう状況であるのか」もわかり、状況を大切にして、適切に応じて生きていけるようになります。自分がするべきことや留意するべきこともわかり、自分がするべきことを十分に行っていける人になります。

さらにほかの人それぞれに対しても、「なぜこの人がこうであるのか」「どうするとよいのか」がわかり、適切に関わり、ほかの人を助けられるようになります。そうなってくると自ずと、周りからも信頼され、周りの人を助けたり見てあげるような機会が増えてきます。周りの状況や自分の立場、ポジションが、自ずと周りの人を助けるような状況や動きになってきます。自分の器が出来てくるからです。

「自分はなぜこうしてここにいるのか」「何をしなければならないのか」「自分はどういうことに留意するべきなのか」「どういうことはしてはならないのか」「どういうことはする必要がないのか」また、「どういうことを自分はしなければならないのか」そういうことが自覚されてくるようになるのです。

前世がわかると、それは本当の自分がわかることなので、こういうことも自ずとわかってくるようになるのです。無駄なことや間違ったことをしなくなり、本当に自分がするべきことをきちんと行っていく人になります。「自分が何をすると良いのか」「何はする必要がないのか」、そういうことがわかってくるし、これまでの自分の人生の歩みの意味や目的もわかってきます。

「神さまが如何に良くしてきてくださったのか」もわかってきて、神さまに感謝し、ますます神さまにお委ねして、神さまのお心のままに導かれ、動けるようになってきます。神さまのお心に沿って十分にするべきことをして、やり遂げて還っていけるようになるのです。自分のチャクラの状態がそれぞれ自覚され、チャクラを浄化したり育成し、調整することで、カルマを浄化し、健康にもなります。「使命の途中で他界しなければならない」ということも無くなります。

このように前世は、自分の奥深い所に今あるのです。自分を内省するほどに、そのことに気づいてきます。内省できている人は自分を弁えているので、信頼でき、関わりやすい人です。まず、自分がそのようになることが基本です。そのために一度、過去を振り返って前世を見直すのです。そのために前世を扱います。そうすると前世が生きてきます。

前世のトラウマのようなところが解消し、「現在の自分がなぜこうであるのか」、また「これまでの人生経験が、なぜこのようであったのか」がようくわかります。「これから何に留意していくとよいのか」もわかります。前世という長い過去の蓄積が、自分の底にあります。奥深くに。それが自分の土台になっています。その土台を見直し、清めたり、癒す。そうすると前世の良い部分が今度は表れ出て、助けてくれるようになります。

前世には「汚いもの」と「きれいなもの」と、両方あるのです。悪業と善業です。まず、汚いほうをドブさらいのように清掃する。汚くて病んだものほど、奥底に沈殿しています。ドブさらいの清掃です。それがひと通りできてくると、超意識が輝いてきます。潜在意識Bよりもっと奥に。そうすると、超意識が輝きだして助けてくれるようになります。また、潜在意識Bは汚いものだけでなく、自分の努力の結晶もあります。ひと通り前世のトラウマが解消してくると、前世の努力の結実が生きてくるようになります。さらにもっと奥にある超意識自体も、目覚めて助けてくれるようになるのです。

前世を扱うことでわからないことがわかり、太刀打ち困難なことが対処できるようになる。さらには、前世を扱うことで初めて、自分の奥深い可能性が開かれてくるのです。前世を扱わなくても、自分のことはある程度わかるし、自分の問題もある程度解決できます。また、自分の可能性もある程度開花できます。しかし、前世を扱うことで初めてわかること、得られること、果たされることもある。「なぜ自分がこうであるのか」、また「なぜ現状がこうであるのか」。前世を扱うことで初めてわかることがある。また、前世を扱うことで初めて解決できることもある。さらに、前世を扱うことで初めて開かれてくる可能性もある。

一般のアプローチではわからないことやできないことが、「前世」の観点を導入することでわかったり、解決できたり、叶えられたりすることがある。そのために「前世」を扱うのです。輪廻転生の命の法則を学ぶだけでもためになるのですが、さらにピンポイントで自分の具体的な前世を扱って認識すると、著効(ちょこう)があります。著しい効果が。フロイトの方法などのように、幼少期のトラウマが解消しただけでも、現在のその人が健康で正常になり、可能性が開かれてくる。それがさらに前世のトラウマまでさかのぼって解消すれば、もっと健全になり、健全になるだけでなく、可能性も開かれてくるのです。

前世を扱うカウンセリングは、「リーディング」と呼ばれます。ケイシーの時代には「ライフ・リーディング」と呼ばれていましたが、現在の日本のスピリチュアルでは、「前世リーディング」と呼ばれることが多くなりました。エドガー・ケイシーが人々に対するカウンセリングとして前世を導入したことには根拠と理由があるのです。ケイシー自身は無意識のうちにそのように行われるようになったのですが、それが天の意図でした。カウンセリングにて前世を扱うと、より奥深いカウンセリングになり、効果も高まるからなのです。

これからの時代、人を正しく深く理解し、人を立て直し、人の可能性を十分開花させるポイントが前世です。「なぜこういう役目を持って生まれてきたのか」「どういうことにこの人は留意したらよいのか」、それは前世からの裏づけを取ってこそ、明確になるものです。本人の今の奥深くに前世があるならば、その人を抜本的に改革する上で前世は無視できないものです。

以上のことを知って、前世を取り込み、これからの人生をより良いものにしていきましょう。「自分らしさとは何か」がよくわかり、それが実現できるようになることでしょう。

リーディングを終了します。

(ありがとうございました)
〈了〉

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Reader:ヨハネ・ペヌエル

浅野 信
新時代がすでに始まっています。このコーナーでは、ARIのオリジナル・リーディングのうち、時事の問題や未来予測に関するものを特にピックアップして掲載しました。

目的は、新時代の留意点を述べ、その方向性を示すことです。内容には、いわゆる「予言」も多少含まれています。

「予言」と言いますと、世間一般では、どうしても暗くて恐い、人々を威嚇するような否定的予言が多いのですが、真の予言はそうではありません。

私が世に示したいのは、希望の指針です。“どうなるか”という予測や透視的診断よりも、“どうなると良いのか”、“そのためにはどうすると良いのか”といった対策です。さらには、その際の心構え、知恵、それ以上に思いやり、配慮の大切さなどについてです。

これは難題や厳しい現実に目をつむったり、軽く捉えることではありません。むしろそれらをさえ生かす方向で意欲的に取り組むことへのお勧めです。

今のような難しい大事な時世に、このメッセージ・リーディングをご自身のため、また愛する大切なご家族、友人、さらには社会のために、どうぞご活用ください。