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祈り・礼拝・全託

2018.6.15 リーディング No.15542

質問祈りと礼拝と全託の重要性について学ばさせていただいています。どのように行えばよいのでしょうか。また、その内容とはどういうものなのでしょうか。効果についてもお教えください。

ソース人間は誰でも、肉体と心と魂から出来ています。それに対応するかのように、人間が置かれた世界のほうも、物的世界と心の世界と魂や霊の世界から出来ています。人間の中で働く意識も、肉体次元での顕在意識、心の次元での潜在意識、魂の次元での超意識とあります。

普段は顕在意識が表立って動いていて、建前が特徴です。潜在意識は夜の夢で活発化し、普段も背後で動いていて、本音が特徴です。超意識は神の分霊であり、良心が特徴です。愛と知恵があります。自己治癒力も働きます。素直な幼子のありようが超意識です。超意識は大我、真我、神我、キリスト意識、ハイアーセルフとも呼ばれます。本当の自分、自分の本体が魂です。

普段、顕在意識が表立って動いて、社会的に困らないように建前で動いています。ただ、それではストレスが多くなるので、夜の夢では肉体の休止に伴い、顕在意識が収まったところで潜在意識が前面に躍り出て解消したり、意識にメッセージを送ってきたりします。それが夢です。

潜在意識で見る夢は雑夢です。それがほぼ収まってくると、明け方の頃には肉体も心も落ち着いてきて、必要とあらば超意識が動いてくれます。超意識で見る夢は正夢です。意味のある夢になります。霊的な夢や夢告もあります。潜在意識の雑夢にも意味はありますが、象徴的であり、未だ整理されていない、普段のストレスを解消させることが主な目的です。昼間の疲れを取ったりバランスを回復したりする、潜在意識の動きです。超意識では正夢を見たり霊的な夢を見たりしますが、正夢ばかりでなく逆(さか)夢の形を取ることもあります。見た内容と真実とが正反対の夢が、「逆夢」です。それは真意を隠して、メッセージを伝えてきているものです。

日頃自分を内省し、教えを学び、教えに基づいて生きていると、意識が整ってきて、自分が正しく自覚されるようになったり、自分を深く感じられるようになります。そのように自分の態勢を整え、自分を弁(わきま)えてきた人が、神さまに自分を向けると、祈りも適切になされ効果が出てきます。「祈り」は普段の自分を支え、導く強力な手立てです。

人間には肉体があるので、肉体の栄養のために三度食事を摂ります。それと同様に、心もあるので、人々からの愛情や理解を頂いたり、人とコミュニケーションしたり、やり甲斐のある事を行うことで、心も三度の食事を摂ることができます。それによって心が元気になったり、癒されたり、育成されます。教えを学ぶのも、心に食事を与えることに相当します。さらに人間には魂もあるため、魂にも一日三度食事を与えることが必要です。それが祈りや瞑想です。

「祈り」と「礼拝(らいはい)」と「全託」とは、互いに関連し合い、補い合い、助け合う関係にあります。心の次元で人と人とのコミュニケーションがなされるように、魂の次元では、神さまをはじめとする高次の存在方とコミュニケーションを図らせていただきます。それによって深く学ばせていただいたり、癒されたり、霊的なエネルギーを授かります。こうして魂が癒されたり、発達したり目覚めたり、活発になります。それが魂の次元における食事です。

心の次元でほかの人とコミュニケーションを図るには、自分が相手に話す場合と、自分が相手の人の話を聞く場合とがあります。それと同様に、神さまをはじめとする高次の存在方と魂の次元でコミュニケーションをさせていただくには、自分が相手様に話す場合と、自分が相手様から話を聞く場合とがあってこそ、コミュニケーションが成り立ち、相互の関係が深まり、信頼関係もできていきます。自分が相手様に話しかけることが祈りです。一方、相手様のメッセージを聞いたりエネルギーを頂いたりすることが、瞑想の中でなされます。「祈り」と「瞑想」です。また、お祈りによって神さまに語りかけ、神さまにお委ねする。それが「全託」です。そうすると、瞑想の中でお答えが頂けたり、エネルギーを頂いたりします。

しかし、瞑想の中だけではありません。普段生活している中でも、また夜の夢の中でも、お祈りしたことに対するお答えや働きかけ、またエネルギーを頂くことなどが起きています。このように普段生活している中でも授かることに気づいてください。神仏とのコミュニケーションは、一方的なものではありません。相互的です。

「お祈り」で自分の思いを神さまに語り伝えます。お祈りで神さまに語り伝える内容には、次のようなことがあります。「日頃の感謝」「日頃の至らなかったことに対する謝罪」「神さまを賛美し、讃えること」「個人的なお願い」、また「ほかの人の事柄のお願い」つまり、ほかの人が良くなるようなお祈り。さらに、「地球や人類という大きな範囲のお願い」、それから「神さまにいろいろして頂いたことによってどういう結果が出たかのご報告」。こういったことがお祈りの中でお伝えされます。神さまにある事をお願いしたら、その結果がどうであったかを神さまにご報告申し上げることも、大切です。またお祈りの最後には、神さまによくお願いして、「信じて全てをお任せする」ということが大事です。それが「全てを託する」という「全託」です。

ともすると「お祈り」というと、「自分個人のお願い」が主になりがちです。ご利益信仰です。それでは成長がなく、カルマも解消しにくく、神さまに残念がられます。神さまをやりづらくさせてしまいます。個人の悩みが解決したり、願い事を叶えていただいたり、病気を治していただいたりする。それが信仰の始まりになってもよいのですが、それは導入部です。「方便」とも言えます。目的とするべきことというより、神の御心にかなった結果として与えられる賜物です。

自分が普段するべきことをしてほかの方たちのお役に立っていれば、必要なことは神さまがしてくださって、叶えてもくださるのです。神さまにお願いしたり頼ることから始まってよいのですが、次第に神さまから頼られ、神さまから感心され、神さまの期待に応えて神さまを助けていくようなレベルになると望ましいです。

神さまに愛されていることに気づき、神さまの愛に満たされるところから始まり、今度は神さまの愛に応えて神さまを愛すること。それは必ずや、神さまのみ業を助けるような、力強い生き方になります。神さまが感心され、「頼りになる子だ。助かる。お前には大事なお役を任せよう」。そのような神さまとの関係になってきます。

神さまは魂の親です。親子の関係がより良くなり、子どもである自分が成長し、親に頼ったり甘えるだけでなく、積極的に親である神さまを愛し、親を助けるような生き方になります。それが使命やご奉仕です。また、多くの人たちを積極的に助けたり、お世話したり、見てあげるような生き方になります。自分の器が出来てきて力をつけるほどに、人を助けるような状況に、自ずとなってきます。多くの人たちを任せられるような、大きなお役を授かるようになります。そのように成長していくと望ましいです。神さまに愛されるところから始まり、神さまを愛して、神さまを助けていくような生き方です。神のみ業の一助となっていくのです。

「祈り」には信仰が必要です。神さまを信じていろいろとお願いするばかりでなく、神さまに自分の存在と人生を全て任せきるのです。信じていないと、任せられるものではありません。礼拝しながら委ねます。お祈りの中に礼拝が含まれます。「礼拝」は命のマナーです。神さまとの関わりの礼儀です。神さまを敬い、尊び、感謝し、信じてお委ねする。謙虚で素直で神さまを信じ、お任せすることが礼拝です。神さまを信じていて、謙虚で素直でないと、礼拝はできません。

幼子のように祈り、謙虚に素直に真心から感謝を込めて、神さまを立てながら、頭を深く低く下げさせていただきましょう。稲穂も実るほどに重くなり、頭を垂れます。人間も出来てくるほどに自分を弁え、神仏に心から感謝し、神仏の偉大さがわかって、頭を垂れます。人様に対しても思いやり、心から頭を下げられる人になってこそ本当です。神さまに対する信仰に裏打ちされて、お祈りと礼拝がなされます。

「礼拝」はごあいさつであり、神さまを立てて自分を低くし、神さまに全てをお任せすることの表明です。最初のうちは5分の1ぐらいが託されます。そのうち3分の1ぐらい、神さまに託されます。さらに半託まで進み、ついには全託に至ります。そこで神さまに完全に受け取られ、神さまと一つとならせていただけます。ONEの状態です。神さまとの一致です。神人合一です。

イエス・キリストやゴータマ・ブッダはONEの状態になりました。しかしそれは生易しいものではありません。人生でするべきことをこなしながら、自分の中の汚れた部分や無知の部分が、神さまと一致していくプロセスで軋轢(あつれき)を引き起こし、その時苦痛や病気を招きます。しかし、そこでカルマが解消していき、鍛えられ、試され、練り上げられていきます。このような神さまと一致していくプロセスが大変な道のりであることは、『ヨハネの黙示録』に克明にリアルに報告されているとおりです。それこそ本当の修行です。

神さまがいちばん良いように計らってくださって、本人が作ったカルマを通して試され、鍛えられ、練り上げられていきます。それこそ本当の修行です。人生では本人が作ったカルマを通して神さまが鍛え、試し、浄め、育て導いてくださっています。それが『黙示録』の中では、天変地異や戦争や病気などとして象徴的に描かれているのです。「外界は内界の反映」です。そうであるならば、実際的にも自分の周りの状況や、広くは世界にいろいろな事が起きてきても、不思議ではありません。それによってカルマが浄化され、学びが与えられ、責任と役目を果たす機会が与えられる。こうして神さまに鍛えられ、試され、育て導かれていくのが人間の運命です。

一生の数十年間だけでは、神さまと一致する方向で成長が完全にはなされ得ないので、複数の機会が与えられていきます。それが輪廻転生です。神さまに自らを捧げ、お任せしながらその中で取り組んでいくと、神さまからのお計らいやご助力が尚一層働き、成長と浄化が促され、一致の方向へ向けて進んでいけます。全ての人が神の子であるので、神さまはその方向で一人ひとりを取り扱ってくださっています。それが一人ひとりに起きることの説明です。

ただ、その上で自分のほうとしても成長と使命遂行を願い、積極的に神さまにお委ねして、神さまに自分を向けて取り組んでいくと、尚一層神さまが関与してくださって、神さまからのお応えが現実に反映してきます。委ねた分、神さまが深く関与してくださるので、現実の動きが変わってきます。神さまからの、委ねた事に対する働きかけは、現実の場と本人の心の中に表れます。30委ねれば、神さまが30関与してこられ、30の度合いの神さまとの緊密度になります。50委ねれば、神さまは50だけ現実や心の中に関与され、50の分量の神さまとの緊密度になります。太い関係になるのです。神さまとの確かな関係が出来ます。これが生きる上での命綱になります。

たとえ自分の至らなさやカルマによって危うくなった場合でも、「いざ」という時、この命綱があれば助かるし、間違いがありません。自分としても気をつけたり努力しますが、命綱を日頃からしっかり作っておくことが本当の意味で自分を大切にする生き方です。それが自分から始まり、自分と関わりのある人にまでその恩恵が及び、周りの人も助かります。

このように祈りや礼拝に対する神さまからのお応えや働きかけは、瞑想の時ばかりでなく、現実の場に神さまからの応答と働きかけが及ぶことに気づいてください。また、自分の心の中にも神さまからの働きかけや応答が頂けます。生きるエネルギーも頂けます。するべきことができてしまうのです。委ねるほどに受け取っていただいて神さまと緊密になり、神さまからの助けが、強く深く及ぶようになります。神と共に生きる人生となる。

現実の動きや心の動きや頭の働きが、委ねた分、神さまのものに取って代えられ、他力の人生になります。捧げられた人生です。自力と他力が絶妙にかみ合い、一力(いちりき)、ONE力(りき)、全力(ぜんりき)になります。自分の意思が、神さまのご意志に合ってくるのです。本当の神の子が、そこで出来てきます。神さまの思うことが自分の思うことになり、自分の行動は神さまの行いの反映になります。神さまとの矛盾や対立や軋轢がなくなり、神さまが自分に望まれるありように、普段からなってきます。

建前と本音と良心が分離せず、次第に一つになってきます。これが霊的成長です。この途中で軋轢が生じて鍛えられ、カルマが解消していきます。産みの苦しみを通り抜けて。これは生易しいことではありません。本人の根深い習癖や至らなさがあるからです。あるいは無知があるからです。それでも神さまは愛をもって関わられ、日々働きかけ、育て導いてくださっています。そのことに気づいて人間のほうでも積極的に神さまのなさることに参加し、その方向で取り組んでいくことです。自分一人で自分のことをするのでなく、神と共に取り組ませていただきましょう。また、周りの人たちと共に、取り組ませていただきましょう。育て合うのです。

人を助けることが神への道です。人を思いやることが、自分が浮かばれる道です。神さまは時間をかけて教育し、育て導いてくださりつつあります。神さまのご助力を頂いて、今目の前のことに取り組めばよいのです。必要で効果的な事が、いつでも目の前に起きるからです。またほかの人も、それぞれが取り組めるように計らい、助けてあげましょう。「お祈り」と「礼拝」と「全託」によって、神さまと共に取り組ませていただきましょう。そうすれば頼もしく、確かな人生となります。

神さまにお委ねすると心が楽になり、心が安定し、落ち着き、定まります。それと共に、お委ねすると、神さまが実際的にも関与してくださって、現実の動きが良いほうに変わってきます。そのことに気づけば、現実に神さまからのお応えがやってきているとわかり、安心して現状を認め、受け止め、落ち着いて対応していけることでしょう。

神さまは常に愛してくださり、良くしてくださっておいでです。それが現実の動きにほかなりません。真心からお委ねし、幼子のように素直にかわいらしく祈り、お委ねしましょう。呼吸をするように、お祈りや礼拝は生きる原点です。それゆえ、呼吸するぐらい自然にさり気なく、今の自分に合う形で、お祈りをしたりお任せしましょう。お祈りと共に生きていくのです。今の自分に合う正直なお祈りを、自分に施してあげるのです。呼吸するぐらい自然で板についたお祈りや礼拝ならば、お祈りや礼拝を通して無理なく生きて、前に進んでいけることでしょう。それがONEの祈りです。

呼吸するぐらい自然にさり気なくお祈りをし、心に神さまを思って、神さまに心の中に住んでいただきながら、共に歩みましょう。夜の夢の中に祈りに対する神からの応答が与えられます。何より、日々、実際に起きる事に応答がやってきます。さらに、よく祈り、神さまにお委ねし、自らを備えてリーディングを受ければ、より多くのものがリーディングによって与えられます。

神さまに一任する、お任せする。しかし、時には積極的に自分のほうからも神に願い求め、行動し、努力することも必要です。それが神の子として、神の協同創造者として生きるということです。

リーディングを終了します。

(ありがとうございました)
〈了〉

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Reader:ヨハネ・ペヌエル

浅野 信
新時代がすでに始まっています。このコーナーでは、ARIのオリジナル・リーディングのうち、時事の問題や未来予測に関するものを特にピックアップして掲載しました。

目的は、新時代の留意点を述べ、その方向性を示すことです。内容には、いわゆる「予言」も多少含まれています。

「予言」と言いますと、世間一般では、どうしても暗くて恐い、人々を威嚇するような否定的予言が多いのですが、真の予言はそうではありません。

私が世に示したいのは、希望の指針です。“どうなるか”という予測や透視的診断よりも、“どうなると良いのか”、“そのためにはどうすると良いのか”といった対策です。さらには、その際の心構え、知恵、それ以上に思いやり、配慮の大切さなどについてです。

これは難題や厳しい現実に目をつむったり、軽く捉えることではありません。むしろそれらをさえ生かす方向で意欲的に取り組むことへのお勧めです。

今のような難しい大事な時世に、このメッセージ・リーディングをご自身のため、また愛する大切なご家族、友人、さらには社会のために、どうぞご活用ください。