HOME > アカシック.リーディング > メッセージ・リーディング 20180815

シンクロニシティ

2018.8.15 リーディング No.15637

質問シンクロニシティについてご教示ください。

ソース近代になると、科学によって人間の内面奥深くにも鋭いメスが加えられるようになりました。まず、ユダヤ人のフロイトが現れ、精神分析学を樹立しました。「人間には意識できる意識のほかに無意識がある」ということで、「深層心理学」が新たな概念として登場しました。

フロイトは、精神的に疾患を持っている人たちに対し、退行催眠の手法によって幼少期まで時間をさかのぼらせました。それによって本人も忘れてしまっている幼少期に、心に傷を負うトラウマがあったことに気づきました。本人がすでに忘れてしまっていた幼少期のトラウマに至って、それを思い出し、自覚した時カタルシスが起き、深い気づきと共に否定的エネルギーが解放され、心が楽になり、安定して、精神疾患から解放されることを証明しました。まさしくカルマの解消です。

特に、幼少期のトラウマの中でも性的なものが強いと知り、性的エネルギーであるリビドーは人間の生きる原動力であると説明しました。シャクティです。フロイトは後に、退行催眠から自由連想法の手法に替えました。催眠療法自体は定着し、後にエドガー・ケイシーやポール・ソロモンが催眠療法を受けて、発展的な形でリーディングが開始されるようになりました。さらに幼少期から前世にまでさかのぼって前世の時のトラウマを自覚することで、カルマが解消する「前世療法」が編み出されました。

フロイトの弟子のユングは、「ただ単に幼少期のトラウマ、しかも性的なリビドーによるものだけが病の原因ではない」として、もっと広範囲の意識に方向を向けました。無意識は本人の個人的無意識ばかりではなく、先祖や、広くは人類の共通して持つ集合的無意識になっていると捉えました。そして集合的無意識の中で、他の存在の記憶も一人ひとりの無意識の中に入っていて、それがシンボルで捉えられると知って、夢分析の手法を用いるようになりました。

また、他の存在との関連ということで「シンクロニシティ」の概念を導入しました。シンクロニシティとは単純な縦系列の因果の関係だけではない、他との横の関連性の「同時因果」のことです。「シンクロニシティ」は日本では「共時性」と訳されています。このように他との関連性である「シンクロニシティ」は、原始仏教で説かれている「縁起」や、大乗仏教で発展させた「空」の概念に近いと言えます。

フロイトは神話や物語にも着目し、神話の中に集合的無意識の知恵が伝承され、英知として神話には可能性があることを感じていました。ユングは祖母が霊能者であったこともあり、神秘的な面にも理解と関心を示していました。それによってユングは、精神世界への道を切り拓いた一人と、精神世界の側から重んぜられるようにもなりました。

日本の精神世界においては、ユング、スウェーデンボルグ、ブラバッキー夫人の神智学、エドガー・ケイシーから始まるリーディング、神智学をキリスト系の中で改編させたシュタイナーの人智学、あるいはアダムスキーの宇宙哲学などが柱になり、スタートしました。その精神世界は宗教と関連しつつも宗教から独立した精神分野として、一つの地位を占めるようになっていきました。日本では、アメリカから伝えられたニューエイジとの関連性で発展し、その後「スピリチュアル」という名称で、時代に応じて模索が続けられています。

ユングの「集合的無意識」という広い概念は、「トランスパーソナル心理学」に継承されました。「トランスパーソナル」とは、「一個人を超えた」という意味です。ユングの後、アドラーが登場しました。アドラーはまた異なったアプローチを与えました。それは、「人間を突き動かしているのは本人のコンプレックスである」ということです。このアドラーの心理学は、最近になって日本で再注目され、学校の教育の分野でもしきりと取り上げられるようになりました。

トランスパーソナルとの関連で、グルジェフは「客観意識」という概念を提唱しました。「超心理学」の分野も新たに設けられました。潜在意識や無意識以上の、超意識の概念も設けられました。日本では、正式に学問上では認められてはいません。しかし、アメリカでは開拓者精神が盛んなため、超心理学が積極的に研究されるようになりました。人の前世に関しても、また悟りや覚醒に関しても、人間の心を霊的に見ていくことが行われるようになりました。ESPを始めとする超常能力に関しても、研究されました。ヨーロッパではすでに心霊学や魔法などのスピリチュアリズムがあり、霊媒などを使って取り組まれていました。

「シンクロニシティ」は、ユングが提唱した「同時因果」の概念です。一般には原因があって結果があるという一個人の中での過去から現在、現在から未来にわたる単純で一方通行の因果律です。仏教でも、原始仏教から部派仏教に至るまでは、カルマの因果は基本的に単純でした。「十二縁起」というものもすでに原始仏教にはありましたが、基本的には単純な原因から結果へという縦の一方通行の因果関係でした。それに対し大乗仏教では、慈悲の精神に基づいて「自業自得はただ単に本人の中で限られたものではなく、人は人に対してできることがあり、またしてあげるべきである」という菩薩行の「利他の精神」が導入されました。

こうして紀元前後から新たに次々と大乗仏典が編纂されていきました。その理論的な骨子はまず、ナーガールジュナ(龍樹)によって「空」を基軸に理論的基盤が構築されました。続いてヴァスバンドゥ(世親)が現れ、人間の深層心理にヨガ行にて入って内省を深め、華厳経の心主体の教えにヒントを得て、「外界は内界の表れ」であることを突き詰めました。これによって「唯識思想」が大乗仏教の理論的な、もう一つの柱となりました。最後にナーガールジュナの「空」の理論とヴァスバンドゥの「唯識」の理論を基に、インドの宗教の祈祷的な手法を取り入れた神秘的な仏教が作られました。実践的神秘的な仏教です。ここに至って仏教は、インドの宗教と融合しました。それがインドの仏教の最後に出てきた「密教」です。

しかし国の事情の影響を受け、インドの仏教の最後の砦であるヴィクラマシー寺院は、イスラム教徒の手によって破壊され、インドの仏教は幕を下ろしました。それでもインドで探求された最後の仏教である密教は、舞台をチベットに移し、密教はさらにチベットにおいて推し進められていきました。ただ、一部退廃的幻想的なものもチベットでは入り込むようになり、仏教は徐々に解体していきました。それでも、それ以前の充実した仏教のいくつかは中国を経由して日本に伝えられました。中国から朝鮮半島経由の北伝の仏教は、日本に多くの教えをもたらしてくれました。しかも、日本では独自の完成を見ることとなりました。

西洋においてユングが広い概念を持つことができると共に、神秘的な要素も持っていたため、無意識は個人で閉じられたクローズドシステムではなくオープンシステムであることに気づかせられました。ここから「超意識」という神意識への道も、もう一歩でした。それが超意識であり、人間の中の魂に対応しています。そのような本質の所においては、単なる閉じられた中での時間的に過去から現在へ、現在から未来へという因果関係ばかりではないことが見えてきます。

その意味では、仏教の「一切即一、一即一切――全ては一つであり、一つは全てである」。こうした互いに包含し合う、豊かな命の世界が明らかになってきます。密教の曼陀羅の世界も、それを描こうとした試みです。それを改めて個人に引き当てて示されたのが、個別的な曼陀羅であるライフシールです。個人の宇宙の図絵です。エドガー・ケイシーのリーディングから始められたライフシールは、アロン・アブラハムセンを経てヨハネ・ペヌエルリーディングにも受け継がれ、発展しました。すでに古代エジプトにおいてライフシールの原型となるものが考案され、教育のために用いられていました。また前世を明らかにすることで、「カルマと使命」「今世の意味」が明らかになる。それを基に教育をしていく道も開かれました。

現実は因果の法則で動いています。しかし関係性は、単純な因果の法則だけではありません。「関係性」を「縁起」と捉えることができます。大乗仏教の「空」「相依」の概念です。その中には、ユングが発見して新たに命名した「シンクロニシティ」の側面も確かに見受けられます。「共時性」であり、「同時因果」です。それぞれが原因となり結果ともなり得る。相互の互換性のある、どちらが原因とも結果ともなり得る、両方通行の関わりです。

人と神との関わりにおいても、自分が神に捧げられることで、神さまの中に入っていく。その時、神さまはその人の中に入ってきてくださる。「入我、我入」ということで、相互に相手の中に入り、包摂し合う関係になって、ついにONEが実現していきます。神との一致です。『ヨハネによる福音書』には、相互の互換性のある、互いに包摂し合うONEの深い認識が説かれています。それだけ『ヨハネによる福音書』は深い教えであり、まさしくONEの福音書になっています。実際『ヨハネによる福音書』を英語で読むとONEという用語が他の福音書よりも数多く出てきます。イエス・キリストの教えの根本はONEなのです。

カトリックでも、ONEということが大切にされてはいます。しかし残念ながら、完全なONEにまではなっていません。パウロの教えにもONEの概念はあります。しかしキリスト教の中では残念ながら、完全なONEにまでは至っていません。それは互いの横の関係における、共有し合う因果関係の面が希薄だからです。異種結合、和合です。

宗教的には、ユングの「シンクロニシティ」や仏教の「空」の概念を応用すれば、「シンクレティズム」、日本では「神仏習合」と訳される方向が見えてきます。それは「インターフェイス」とも表現されます。根源の神はさまざまな形をとって現れ、方便としてそれぞれに合わせて育て導いてくださっておいでです。その基には、全ての種となられる根源の神さまがおられます。その存在は空のあり方をされておられます。否定的には無と表現することも行われています。

キリスト教神秘主義の中でも、そこまで突き詰めたのがドイツのエックハルトとその後継者のゾイゼとタウラーでした。またその後に出てきたスペインの十字架のヨハネでした。キリスト教がそこまで深まっていくならば、キリスト教の枠組みを超えて、他の諸宗教とわかり合い、受け入れ合い、協力し合うようになります。インターフェイスです。多くの異なった宗教の和合です。それによって根源の共通の神の認識の下、それぞれがわかり合い、共存できるようになります。これによって初めて、世界平和が実現します。これが聖書の最後の『ヨハネの黙示録』で予告されている、キリスト再臨に基づく新天新地の実現です。

これは既存のキリスト教のアプローチのままでは、なかなか困難なことです。そのためにも、今の時代、ヨハネが生まれ変わってこなければならなかったのです。その前準備としてエドガー・ケイシーが遣わされました。そしてケイシーは晩年に、「ヨハネが自分の後に出てきて、そのみ業を完成させる」ことを予告したのです。カトリックで行うはずだったところのONEが、キリスト教を超えた所で行われていこうとしています。それは同時に、本来のキリスト教を出していく道にもなっているはずです。イエス・キリストそのものの、これからの時代が求めるあり方です。それが「キリスト再臨」と表現されているのです。

普遍的な愛が知られ、実現していくことこそ、真の意味におけるキリスト再臨です。それでこそ、それぞれがありながら違いを理解し、認め合い、協力し、補い合う、理想社会が実現します。その理論的基盤の一つがシンクロニシティにあります。物事は同時多発的に起きることがあります。その場合、一見すると無関係なこと同士に関連があったりします。法則からして、その時のその人を表すことがいろいろ起きます。家族や仲間たち、広くは日本や世界において、同様のことを同じ時に体験します。因果関係は単純ではありません。さらに関係性ということになると、さまざまな関係性があります。その縁起性を悟って、ゴータマ・シッダールタはブッダとなられました。キリストはそれを、実行に移しました。「愛」です。

これからの時代において思想的に深まり、完成することで、人間は成長することでしょう。そのためには魂を喚起させる魂の教育が不可欠です。時間もかかることでしょう。現実の一つひとつの問題にも、忍耐強く誠意をもって対応していくことが必要です。それらのプロセスを経て、学んで成長を遂げ、人類は地球に平和を実現させることでしょう。それが宇宙創造神の願いであり、ご経綸です。

(ありがとうございました)
〈了〉

2018年

2017年

2016年

2015年

2014年

2013年

2012年

2011年

2010年

Reader:ヨハネ・ペヌエル

浅野 信
新時代がすでに始まっています。このコーナーでは、ARIのオリジナル・リーディングのうち、時事の問題や未来予測に関するものを特にピックアップして掲載しました。

目的は、新時代の留意点を述べ、その方向性を示すことです。内容には、いわゆる「予言」も多少含まれています。

「予言」と言いますと、世間一般では、どうしても暗くて恐い、人々を威嚇するような否定的予言が多いのですが、真の予言はそうではありません。

私が世に示したいのは、希望の指針です。“どうなるか”という予測や透視的診断よりも、“どうなると良いのか”、“そのためにはどうすると良いのか”といった対策です。さらには、その際の心構え、知恵、それ以上に思いやり、配慮の大切さなどについてです。

これは難題や厳しい現実に目をつむったり、軽く捉えることではありません。むしろそれらをさえ生かす方向で意欲的に取り組むことへのお勧めです。

今のような難しい大事な時世に、このメッセージ・リーディングをご自身のため、また愛する大切なご家族、友人、さらには社会のために、どうぞご活用ください。